リムナンテスは愉快な気分

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楔形文字で学ばないアッカド語文法(7)母音脱落・G動形容詞

形容詞は動詞から生成されます(動形容詞)、というお話。
文法的には分詞?にあたると思われます。



この記事は

  • 母音脱落
  • G動形容詞(受動・完結・記述)

についての記事です。

1. 母音脱落

形容詞の前に、アッカド語の母音脱落について。

アッカド語では、ある条件において母音が脱落します。その条件となるのは「軽音節が連続するかどうか」です。アッカド語には軽音節、重音節、超重音節がありますが、よくわからん!という方は以下の第1課で詳しく説明していますので参照してください。

limnanthaceae.hatenablog.com


さて、アッカド語では軽音節(短母音で終わる音節)が2つ以上続くことは原則許されていません。そのため、軽音節が連続するとき、後ろの軽音節の母音が脱落します。


*mapišātum → mapšātum

ma-pi-と軽音節が連続しているため、*mapišatumという語形はアッカド語では許されない。そのため、2番目の母音=iが脱落し、mapšātumという語形になる、ということです。


ただし、例外的に母音脱落しない場合も(結構)あります。

  1. 語末の2連軽音節は許容される
     iškunu(置かれる人)、ina(〜の中に)
  2. 母音の前の2連軽音節は許容される
     rabiam(良い(acc.))、biniā(建てる)
  3. rの前で許容(母音脱落することもある)
     zikarum(雄)、nakirum(敵対的)
  4. lの前もまあまあ許容(母音脱落することもある)
     akalum(食料)、ubilū(彼らは持ってきた)
  5. 代名詞接辞をつけたときも許容
     tuppašunu(彼らのタブレット
  6. シュメール語からの借用語も許容
     nuḫatimmum(料理する)、gabaraḫḫum(叛逆)

2. G動形容詞

アッカド語の形容詞はほとんど動形容詞です。動形容詞でない形容詞もたまにあるようですが。

語形

まずは語形から。G動形容詞の語幹は1a2V3-という形をとります。p-r-sで記述する場合はparVs形です。2個目の母音V(この母音のことを幹母音といったりします)は短母音で、殆どの場合でiですが稀にaやuもあります。

ṣabit- 取り押さえられている < ṣabātum 掴むこと
damiq- 良い < damāqum 良くなること
rapaš- 広い < rapāšum 広くなること
zapur- 悪い < zapārum 悪くなること

名詞と同様、動形容詞は上記の語幹に語尾がつきます。この語尾は性、数、格によって変化します。ただし、前述の母音脱落ルールによって、女性単数以外では2番目の母音が脱落します。女性単数語尾は-tumと子音で始まるため、語幹 1a2V3-とくっ付くと1a2V3tumという形になります。したがって、2V3が重音節となるので女性単数のみ幹母音 V が脱落しません。


こちらはG動形容詞の活用表。 語根子音を 1、2、3、幹母音を V と表記した場合の一般形、damqum (masc.) / damiqtum (fem.)「良い」、rapsum (masc.) / rapastum (fem.)「広い」、zaprum (masc.) / zapurtum (fem.)「悪い」。

1a2V3-
(一般形)
damiq-
(良い)
rapas-
(広い)
zapur-
(悪い)
男性 女性 男性 女性 男性 女性 男性 女性
単数 主格 1a23um 1a2V3tum damqum damiqtum rapsum rapastum zaprum zapurtum
属格 1a23im 1a2V3tim damqim damiqtim rapsim rapastim zaprim zapurtim
対格 1a23am 1a2V3tam damqam damiqtam rapsam rapastam zapram zapurtam
複数 主格 1a23ūtum 1a23ātum damqūtum damqātum rapsūtum rapsātum zaprūtum zaprātum
斜角 1a23ūtim 1a23ātum damqūtim damqātim rapsūtim rapsātim zaprūtim zaprātim


名詞とは違って双数形はありません。双数名詞を修飾するときは複数形を使います。


ちなみに、G過去形の幹母音とG動形容詞の幹母音に特に関連はないです。
例えば、idmiq(G過去形;良くなった)とdamiq-(G動形容詞;良い)はどちらも幹母音がiですが、imra(病気になった)とmaruṣ-(病気の)、irpiš(広がった)とrapaš-(広い)といった語では、G過去形とG動形容詞で幹母音が異なります。
(G過去形については前回の記事で詳しく解説しています。)
limnanthaceae.hatenablog.com


さらにもう一つ注意点。2、3番目の語根子音が同一であった場合(pasas型)、動形容詞の語幹は pass- 型をとります。例えば danānum(強くなる)は2番目と3番目の子音が共に n ですので、danānum > dannum, dannatum のように、女性単数も語幹が dann- となって幹母音が現れません。

意味

G動形容詞は後置修飾で、行為による状況、状態を記述します。大まかな意味は元の動詞(語根)の意味論的性質から決定されます。どういうことかというと、アッカド語の動詞は

(1) 動作他動詞
(2) 動作自動詞
(3) 状態動詞

に分類できるのですが、これらがG動形容詞化すると

(1) 動作他動詞→受動
(2) 動作自動詞→結果
(3) 状態動詞→記述

の意味に化けます。

(1) 動作他動詞→受動

直接目的語を取り、動作を表す動詞は、受動を表す動形容詞になります。

  • kaspum šaknum 「置かれた銀」
  • šīpātum šarqātum 「盗まれた羊毛」

(2) 動作自動詞→結果

直接目的語を取らず、動作を表す動詞は、動作後の結果を表す動形容詞になります。

  • ṣābum naḫsum 「後退した軍隊」
  • bītātum maqtātum 「崩れ落ちた家々」

(3) 状態動詞→記述

「〜であること」、「〜になること」というような、状態を表す動詞は、物事の性質を記述する動形容詞になります。

  • mārātum damqātum 「良い娘たち」
  • nārum rapaštum 「広い川」
  • īnān marṣātum 「病気の目」

3. まとめ

  • 一部の単語を除き、軽音節が2つ連続することは許されないので、このとき2音節目の母音は脱落する
  • 動形容詞は後置修飾
  • 動作他動詞が動形容詞になると受動の意味
  • 動作自動詞が動形容詞になると結果の意味
  • 状態動詞が動形容詞になると性質記述の意味

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.