リムナンテスは愉快な気分

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楔形文字で学ばないアッカド語文法(10)否定・二重対格・前置詞を伴う述語語法

アッカド語文法講座(?)もようやく2桁回目まできました。
第10回は動詞周りのこまごまとした文法事項について。


この記事は

についての記事です。

1. 否定の副詞 ul

「〜ではない」という打ち消しの意味を表すには、否定副詞 ul を使います。
ごく稀に ula という語形も使われます。

動詞文の場合は、動詞の直前に ul (ula) を置いて否定文を作ります。

ḫurāṣam ina bītim ul aṣbat
 私は家にある金を押収しなかった

名詞文(非動詞文)では、述部の直前に ul (ula) を置きます。

Išme-Dagan ula šarrum ša Bābilim
 イシュメ・ダガンはバビロンの王ではない

ul šarrum ša Bābilim šū
 彼はバビロンの王ではない

2. 二重対格

さて日本語では、大体の場合で二重対格が許されていません。
「*太郎が花子を本を読ませた」のように、一文(正確には節1つでしょうけど)にヲ格(対格)が2つ含まれるような文は非文扱いされるでしょう。

しかしアッカド語では一文に対格が2項来る場合があります。

大まかには次の2つのケースがあります:

  • 「AにBを〜する」型
  • 「AからBを〜する」型

「AにBを〜する」型

供給する、満たす、擦り込む、燃やす、着させる、触る、罰する、囲う、など。


amtam šikaram tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim šamnam ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ

ただし、普通に前置詞を使って言うこともある模様。

šikaram ana amtim tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim ina šamnim ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ
 (王の頭を油で擦り込む?)

「AからBを〜する」型

受け取る、要求する、主張する、取り除く、など。


awīlam eqlam abqur
 私はその人からその場所を要求した

こちらも前置詞で表現可能。

eqlam itti awīlim abqur
 私はその人からその場所を要求した

3. 前置詞 ina / itti が起点を表す時の考え方

前置詞 ina は「〜の中で」とか「〜を使って」とか「〜の手段で」とかいう意味で使います、という話を第3回でしました多分。
limnanthaceae.hatenablog.com

しかし時々「〜から」の意味で使われる場合があります。(ištuと何が違うのかはよくわからない。有識者は教えてくだいさい。)
例えば次のような文。

amtum ina bītim iḫliq
 女奴隷は家から逃げた

というか最初から素直に「家にいる女奴隷が逃げた」と解釈すべきであり、またアッカド語ではそういう表現の仕方をする、と考えるのがよいでしょう。

itti や ina qātim ša 〜についても同様。

kaspam itti awīlim amḫur
 私はその人から銀を受け取った
→私はその人が持っている(その人と共にある)銀を受け取った
ḫurāṣam ina qātim ša šarrāqim niṣbat
 我々は盗賊から金を取った
→我々は盗賊の手中にある金を取った

4. まとめ

  • 否定副詞 ul / ulaは動詞の前または述部の前に置いて否定の意味を表す
  • 「AにBを〜する」や「AからBを〜する」と言いたい時に二重対格を使うことがある
  • 前置詞 ina / itti は「〜から」という意味を表すときがある

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.