この記事は語学・言語学・言語創作 Advent Calendar 2021の19日目です。
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これであなたもイスクイル単語が作れる!(果たして本当にそうだろうか?)
はじめに
イスクイル、多くの人がその難解な文法書に挑んでは意味不明な概念と理解不能な英文の前に散っていった。
ある程度適当な単語を用意しておけば適当に文法を理解できそうな気もするが、文法をやらないことには辞書を見ても何もわからないという、もうどうしようもない状態なんですね。
せめて人類がイスクイルの単語を参照できるようにしたいと、そういう思いでこの記事を執筆しています(これでイスクイル学習者増えてくれお願いだから)。
イスクイル単語の構造
そもそも公式にはイスクイル単語の辞書は存在しません。あるのはイスクイルの語根リストだけです。
イスクイルでは膨大な種類の活用を組み合わせて意味を表現しますので、語根を機械的に派生させて任意の単語を作れる、もといイスクイル話者自身が作れ、と、そういうことらしいですね。
ちなみにイスクイル IIIでは追加分含めて約1000語根、イスクイル IVでは約5900語根が語根リストに掲載されています。
イスクイル単語を調べる(=作る)には、イスクイルの形態論を把握しておかねばならぬ。
参考:セム語の語根システム
さてじゃあイスクイルの単語の構造・音韻形態論はどうなっているんだ?の前に、セム語の語根システムについて紹介したいと思います。恐らくここから入るのがイスクイルの音韻形態論を理解する上でもっともわかりやすい道かと思われる。まあセム語の一般形として理解するか、抱合語として理解するかのどちらかですかね。筆者は抱合語のことがよくわからないので今回はセム語で。
ここではアフロ・アジア語族セム語派の言語のことを総称してセム語と呼びます。
イスクイルに興味を持ってしまう頭のおかしい皆さんなので既にご存知の方が多いかとは思いますが、セム語にはアラビア語、アムハラ語、ヘブライ語、エラム語、フェニキア語、アッカド語といった中東地域の言語が属しています。
形態論的には語根が三子音からなる*1、という特徴があり、この三子音の間の母音を交替させたり、接尾辞や接頭辞を加えたり、子音を重ねたりすることで単語を複雑に派生させます。
筆者はアッカド語しかわからないのでアッカド語を例に。
語根三子音を1-2-3と表すとすると、不定形*2は1a2ā3umで表されるといったような具合。
d-n-n(強い)の不定形は danānum(強くなること)、ṣ-b-t(掴む)の不定形は ṣabātum(掴むこと)など。
子音の間に入る母音のパターンを変えることで、動詞過去形や形容詞など様々な意味を表現することができます。
イスクイル IIIの形態論
イスクイルでもセム語と同様、語根周辺の音を交替させて派生語を作ります。ただしセム語と違って語根子音が現れる場所は1箇所のみ、かつ子音連続する可能性があります。例えば、a-VII-alで名詞、i-VII-alで動詞、など*3。ここでI語根の子音クラスタをVIIで表しています。
さてイスクイルでは格変化や母音交替する部分も語根子音とパラレルに扱われます。語根や格などの形態素が収まる部分のことをイスクイルではSlotと呼びます。イスクイル IIIでは全15 Slot存在します。
イスクイル IIIにおける最も単純な単語の構成=Slot構造は、Slot IV, VII, VIII, X, XIV, XVからなる単語です。
各形態と役割は下の表の通り。
Slot | IV | VII | VIII | X | XIV | XV |
---|---|---|---|---|---|---|
形態 | 母音 | 子音 | 母音 | 子音 | [声調]*4 | [強勢]*5 |
だいたいの意味 | 辞書的派生 &品詞的な何か |
語根 | 格 | 活用的派生 | 相的な何か | 辞書的派生 &関係節か否か |
例えば"aqal"という単語は形態的には"a-q-a-l-[falling]-[penultimate]"のように分解でき、各Slotとの対応は下表のようになります。
Slot | IV | VII | VIII | X | XIV | XV |
---|---|---|---|---|---|---|
形態 | a | q | a | l | [falling] | [penultimate] |
で、各形態に応じた意味が割り当てられているという仕組みになっています。
辞書から単語を構成する際はこれら全てを把握する必要まではなく、最低限Slot IV (Pattern, Stem)とSlot XV (Designation)を理解すれば問題ないです。これらは共に、語根に対して辞書的に定義されている詳細な意味を確定するために使われています。Slot IVでは母音を9通りに交替させることで、Slot XVでは強勢が最終音節か後ろから2番目の音節かで意味を細かくしています。
イスクイル IVの形態論
イスクイル IVでもSlot構造が基本的な考えとしてありますが、JQの気まぐれ作者の意向によりイスクイル IIIとは大きく異なる形態論が組み立てられています。イスクイル IV*6では全10 Slotです。
イスクイル IIIにおける最も単純な単語の構成=Slot構造は、Slot II, III, IV, VI, IX, Xからなる単語です*7。
各形態と役割は下の表の通り。
Slot | II | III | IV | VI | IX | X |
---|---|---|---|---|---|---|
形態 | 母音 | 子音 | 母音 | 子音 | 母音 | [強勢] |
だいたいの意味 | 辞書的派生 &相的な何か |
語根 | 辞書的派生 &品詞的な何か |
活用的派生 | 格 or 動詞のお気持ち |
関係節か否か |
例えば"alala"という単語は形態的には"a-l-a-l-a-[penultimate]"のように分解でき、各Slotとの対応は下表のようになります。
Slot | II | III | IV | VI | IX | X |
---|---|---|---|---|---|---|
形態 | a | l | a | l | a | [penultimate] |
こちらは最低限Slot II (Stem)とSlot IV (Specification)を理解すれば問題なし。共に、語根に対して辞書的に定義されている詳細な意味を確定するために使われ、母音階梯で弁別します。
辞書(語根集)の見方
唐突に「人間」という単語を作りたくなったと仮定します。
イスクイル IIIの場合
(わかる人向け:以下はSTA-UNI/CSL/M/DEL/NRM-OBL-PRC)
まずイスクイル IIIの語根集(http://www.ithkuil.net/lexicon.htm)を開きます。
世界は非英語母語話者に優しくないので仕方なく英語で"human"を検索(ctrl/command+F)します。
そうすると語根 -Q-(高等動物)という語根を見つけることができます。
この表が何を表しているか。最も大事なことは、「1つの語根に対して18通りの派生単語を作ることができる」ということ。
辞書的な意味の弁別に必要な項目はSlot IV (Pattern, Stem)とSlot XV (Designation)。
まず大きく左9個と右9個に分かれます。これはSlot XV (Designation)に関わる部分で、左半分がInformal Designation、右半分がFormal Designation。公式(ithkuil.net)の3.7節には何かごちゃごちゃ書いてありますが、実際のところは「語根からざっくり2種類のグループに分けて活用するよ」というだけだと思ってよいと思います。というかなんなら「形態論的に2個に分けた」でもいい。
で、今度はInformalとFormalそれぞれ Pattern 1(上)、Pattern 2(左下)、Pattern 3(右下)という分類が挟まり、さらにそれぞれ上からStem 1、2、3といった形態に対応します。各マスごとにSlot IV (Pattern, Stem)の音が変わります。
各場所の形態と意味が対応するような感じ。例えば、一番左上のマスは形態論的にPattern 1 Stem 1 Informal Designationであり、具体的に実現される音は"aqal"、対応する意味はマスに書いてあるように「高位の存在」と、そういう対応になっています。
これで「人間」という単語を作ろうと思ったら、Informal Designation(左半分)の Pattern 1 Stem 2 "eqal" を参照すればよろしい、ということです。
イスクイル IVの場合
(わかる人向け:以下はPRC-STA/EXS-UPX/CSL/M/DEL/NRM-THM、UNFRAMED Relation+Vc、shortcutのことは考えない)
さて近年JQはイスクイル IVを制作していまして、もうじきイスクイル IVが主流になるはずです。イスクイル IVでも「人間」を作りましょう。
まずイスクイル IVの語根集(http://www.ithkuil.net/list_of_roots_v_0_5_1.pdf)を開きます。執筆時の最新バージョンである語根リストv.0.5.1で説明します。
やっぱり現代社会は英語帝国主義に支配されているので仕方なく"human"を検索(ctrl/command+F)します。
ものすごく淡白に書かれていますね。なんもわからん。
まあこの1、2、3というのはStemのことで、Stem 1 (alala)なら「成人」、Stem 2 (elala)なら「子供」、Stem 3 (ulala)なら「思春期の人間」を表します。
…実はイスクイルでは似たような意味の単語は似たような意味変化の派生形を作ります。今回は人間は動物ということで、動物共通の活用をします。実際少し下を探すと「動物を表す語根はこんな感じで活用させますよ〜」というのが見つかります*8。この-L-がある生物系の語根(7.3節の語根)たちは-ŠW-と同じような意味をとることになっています*9。
Slot VI の Specification はこいつに従って活用させればよいわけですね。語根-L-(人類)であれば上の表の"a living being"などを"adult human being"とか"human child"に読み替えて考えてみるということになります。形態論的には以下のような活用になります。
ちなみにイスクイル IVではStem 0という階梯が存在します。これはStem 1〜3を包括したような意味を表し、どの意味にも限定しないというものです。今回大人か子供かはどうでもよく一般の人類を表したい!ということであればStem 0 (olala)を使うのが望ましいでしょう。
まあBasic Specificationでいいんじゃないでしょうかとなれば、Stem 1: alala / Stem 2: elala / Stem 3: ulala / Stem 0: olala のどれかを使うというわけです。イスクイル IIIに比べて組み合わせが少なくなったのでちょっと楽になったかな?という感じ。