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楔形文字で学ばないアッカド語文法(11)子音脱落・母音変化

お久しぶりのアッカド語です。そろそろ楔形文字読みたい欲が増してきました。

第11回は発音の秘密に迫るということで、セム祖語→アッカド語になる過程でどんな子音が吹っ飛んだんだろうかとか、母音 e の出現についてなどなどをやっていきます。弱動詞の理解につながるので。

この記事は

  • 子音脱落
  • 母音変化

についての記事です。

1. 子音脱落による母音変化

ところでアッカド語セム語というグループに属する言語です。他にはアラビア語ヘブライ語が同じセム語です。

セム祖語の以下の5つの単子音は消失しました。

セム祖語 アッカド語 アラビア語 ヘブライ語
ʾ ʾ1 ء א
h ʾ2 ه ה
ʾ3 ح ח
ʿ ʾ4 ع ע
ġ ʾ5 غ ע

また、他の子音の直前に置かれたw/yは消失しました。

セム祖語 アッカド語 アラビア語 ヘブライ語
w ʾ6 و ו/י
y ʾ7 ي י


そして、子音の脱落に伴って前後の音が変化する場合もあります。

1. 語頭や語末のʾ1-7は単純に消失してそれ以上の変化はない

  • *halākum > alākum 「行く」
  • *yūmum > ūmum 「日」
  • *puttuḥ > puttu 「開いている」
  • *zakuw > zaku 「明らかである」

ただし語頭のwは消失しません。

  • wardum 「男奴隷」
  • wašādum 「暮らす」

2. 前後に子音がある場合は先行する母音が長くなる(間に子音があっても)

  • *nahrum > nārum 「川」
  • *marʾum > mārum 「息子」

なお、aw → ū、ay → īのようにそれぞれ変化します。

  • *mawtum > mūtum 「死」
  • *baytum > bītum 「家」

3. 母音に挟まれているときは第一段階として子音が脱落し母音が隣接する

  • *kalāʾum > *kalāum
  • *ibniyū > *ibniū

ただ、古バビロニア語では母音の縮約が起こってサーカムフレックスが付いたりします。

(a) ea, eā, ēa, ēā, ia, iā, īa, īā はそのまま。
(b) āi, āī, ēi, ēī はすべて ê に縮約。
(c) それ以外の組み合わせでは、2番目の母音の長母音に縮約し、サーカムフレックス付きの文字で表記。

なお、ʾ3 (*ḥ)とʾ4 (*ʿ)については、近接するa, āがe, ēに変化してから子音脱落します。

  • *ḥaqlum > *ḥeqlum > eqlum 「野原」
  • *baʿlum > *beʿlum > bēlum 「主人」

2. 母音変化(i > e)

子音ḫ, rの前のi, īはe, ēになりがちらしいのですが、綴りの上では両方出てくるようです。

  • laberum / labirum 「古い」
  • meḫrum / miḫrum 「応答する」
  • nakerum / nakirum 「敵」

3. 母音調和(a > e)

バビロニア語では、語中にe, ēが含まれるときに、a > e, ā > ēに変化することがあります。

  • bēlētum (< bēlātum) 「女主人 (pl)」
  • tešme (< tašme < *tašmeʿ < *tašmaʿ) 「聞く (2ms)」

語中にe, ēが含まれていない場合でも、音韻変化前にe, ēが含まれていて母音調和の影響を受けていた場合もあります。

  • telqî (<*telqeī < *talqeī < *talqeḥī < *talqaḥī) 「取った (2fs)」
  • leqûm (< *leqēum < *laqēum < *laqēḥum < *laqāḥum) 「取る (inf)」

ただし以下の条件のときは母音調和が起こりません。
(a) 単数対格語尾-amのa
(b) 双数主格語尾-ānのā
(c) 動詞3fp/2cpの語尾の-ā
(d) 属格所有代接辞の前のa
(e) 所有代接辞中のa, ā
(f) 来辞法(ventive)語尾の-amのa
(g) āi, āīが音韻変化した結果生じたê
(h) iと交替して生じたe
(i) いくつかの動詞

4. まとめ

  • セム祖語のʾ, h, ḥ, ʿ, ġの5つの子音はアッカド語では脱落した。
  • iḫ, īḫ, ir, īrはeḫ, ēḫ, er, ērになりがちだが両方の表記の仕方がされている。
  • 語中にe, ēが含まれるとき、a > e, ā > ēに変化。

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.