リムナンテスは愉快な気分

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ユークリッド整域【環論・体論】

前回の単項イデアル整域に引き続き、ユークリッド整域について見ていきます。ユークリッド整域とは雑に言うと「ユークリッドの互除法」が適用できる世界のことです。

ユークリッド整域

有理整数環  \mathbb{Z} では余りのある割り算、剰余つき除法が定義できます。では、 \mathbb{Z} 以外の環において、剰余つき除法が行える条件はどのようなものか。


def

整域  R に対して関数  d:R\backslash\{0\}\to\mathbb{N}\cup\{0\} が定義でき、次の条件を満たすとき  Rユークリッド整域である


 \forall a,b\in R\backslash\{0\} に対して
\begin{align}
a=bq + r \quad (r=0 または d(r)\lt d(b))
\end{align}となる  q,r\in R が存在する。

一般の環では、各元同士に順序があるとは限りません。
そこで、定義域が  d:R\backslash\{0\}、値域がゼロ以上の整数  \mathbb{N}\cup\{0\} の関数  d:R\backslash\{0\}\to\mathbb{N}\cup\{0\} を噛ませることで、余りの大きさが比較できるようになるんですね。
この関数  d のことをノルムと呼びます。零元からの距離のようなものです。

ユークリッド整域の例

整数環  \mathbb{Z}

 m\in\mathbb{Z} に対して  d(m)=|m| とおけば  \mathbb{Z}ユークリッド整域であることがわかります。

 K を係数とする多項式環  K[x]

例えば、 \mathbb{Q}[x],\mathbb{R}[x],\mathbb{C}[x],\mathbb{F_p}[x]ユークリッド整域です。
 \mathbb{Q}: 有理数 \mathbb{R}: 実数、 \mathbb{C}: 複素数 \mathbb{F_p}: 有限体  \mathbb{Z}/p\mathbb{Z} p素数))


【証明】

 \forall f(x) \in K[x]\backslash\{0\} に対してノルム  d
\begin{align}
d(f(x)) = \deg f(x)
\end{align}と定義する( \deg f(x)多項式  f(x) の次数)。

 K[x]ユークリッド整域ならば、 \forall f(x),g(x)\in K[x]\backslash\{0\} に対して
\begin{align}
f(x)=g(x)q(x) + r(x) \quad (r(x)=0 または \deg r(x))\lt \deg b(x))
\end{align}となる  q(x),r(x)\in K[x] が存在するはずなので、これを示す。

ここで、 \deg f(x)=m, \deg g(x)=n とする。 m\lt n のとき、
\begin{align}
f(x)=g(x)\cdot 0 + f(x)
\end{align}であるから、 q(x)=0, r(x)=r とすれば成立。

 m\geq n のとき、 a,b\neq 0 として  f(x),g(x) はそれぞれ
\begin{align}
f(x)=ax^m+\cdots \\
g(x)=bx^n+\cdots
\end{align}と書けるので、
\begin{align}
\deg (f(x)-ab^{-1}x^{m-n}g(x))=l \leq m-{1}
\end{align}つまり
\begin{align}
f(x)-ab^{-1}x^{m-n}g(x)=cx^l+\cdots
\end{align}と書けるので、 l\geq n ならば
\begin{align}
\deg (f(x)-(ab^{-1}x^{m-n}+cb^{-1}x^{l-n})g(x)) \leq l-{1}
\end{align}これを繰り返すことで
\begin{align}
f(x)-g(x)q(x)=r(x), \quad \deg r(x)\lt n=\deg g(x)
\end{align}となる q(x),r(x)\in K[x] が取れる。

ユークリッド整域ではない例

整数係数多項式  \mathbb{Z}[x]

 \mathbb{Z}は体ではないので乗法逆元が存在しません。そのため、上の証明方法では  f(x)-ab^{-1}x^{m-n}g(x) をとることができません。

実際  \mathbb{Z}[x]ユークリッド整域ではないのですが、証明するためには「単項イデアル整域でないならユークリッド整域ではない」であるという性質を使います。
単項イデアル整域の記事で  \mathbb{Z}[x] が単項イデアル整域でないことは示したので、ユークリッド整域ではないことがわかります。

ユークリッド整域と単項イデアル整域の間には、ユークリッド整域  \subset 単項イデアル整域の関係があります。つまり、ユークリッド整域であれば必ず単項イデアル整域です。
ユークリッド整域は単項イデアル整域である」の対偶をとると、「単項イデアル整域でないならユークリッド整域ではない」が導けるため、先ほどの議論が成立します。

ということで、次の定理を証明します。


prop

ユークリッド整域は単項イデアル整域である


【証明】

ユークリッド整域  R の任意のイデアル I とする。
定義より  d の値域  \{d(x)\mid x\in I\backslash\{0\}\} において最小値  m_0 をとるようなイデアル  I の元  x_0\in I が存在する。したがって  (x_0)\in I

また、 \forall a\in I に対して
\begin{align}
a=x_0 q + r \quad (r=0 または d(r)\lt d(x\_0)=m\_0)
\end{align}を満たす  q,r\in R が存在する。
このとき  r=a-x_0 q\in I から  d(x_0)=m_0 の最小性より  r=0、つまり  a=x_0 q\in (x_0) なので  I\subset (x_0)

以上より  I=(x_0)

ユークリッド整域ではないが単項イデアル整域である例

 \mathbb{Z}[\frac{1+\sqrt{-19}}{2}]ユークリッド整域ではないのですが、単項イデアル整域です。
証明は非常に長くなるので別記事で。


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