この記事は語学・言語学・言語創作 Advent Calendar 2022の10日目です。
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殺格とは?
マニア向けの説明
「生格、与格、奪格があるんだから殺格を作れば生殺与奪が揃うね!」というジョーク。
まじめな説明
言語には「格」というものがありまして、名詞同士の関係性とか名詞の役割を表す文法概念が格です。
と書くと難しく感じますが、要するに日本語でいうと「~が」とか「~を」とかのことです。「ネコがネズミを食う」であれば、「が」が付いている「ネコ」は「食う」という動作の主体、「を」が付いている「ネズミ」は「食う」という動作の対象、といったような感じ。
例えば他にも、
- 生格(属格):「~の」*1
- 与格:「~に」
- 奪格:「~から」
といった格があります。
ここにもし「殺格」を付け加えれば「生殺与奪」が完成しますね。「生殺与奪」って格を並べた言葉っぽくない?というのが冒頭のツイートです。
残念ながら「殺格」は自然言語には(多分)ないのですが、人工言語であれば文法規則なぞ自由に作れるので、殺格も作ってしまえ、ということです。
じゃあ殺格ってどんな役割を表すのだろか?ということを考えるのが今回の記事の主旨になります。
(ちょうど自言語にも取り入れようと思っていたので、言わばアイデアメモです。)
殺格の使い道
殺格の役割、殺格の用法について考えてみます。
「殺す・殺される」以外の殺格の用法を具体的に考案・拡充することは、特に人工言語における表現の豊かさを与える点で非常に重要な課題であり、実際、以下のツイートでは殺格用法の拡張案について言及されています。
「殺格」、文字通り「〜を〇す」という意味だけだとあまりにも使いどころが限られますが、用法が「殴る」「倒す」「止める」「弱める」「無効化する」「OFFにする」などにまで使えて、その代表としての名前と想像したら意外とアリなのではという気がしてきました(?)https://t.co/5cd4IDzG7r
— LingLang@言語学好き (@linglanglong) 2019年11月18日
(「生殺与奪」が格に見えるというネタより) 格が「主・生・殺・与・奪」である言語。殺格は対格に似るが、 (受益に関連する与格に対し) 害を与える意味と強く結びついているため、直接目的語が人間の場合は受動表現が推奨される (「迷惑受身」の概念とは対照的に) #100言語考える #いろいろな言語
— Albert Zweistein (@al_zweistein) 2022年11月19日
以上のツイートや各言語の「殺す」の用法を踏まえると、殺格は概ね以下の役割を担わせることができるでしょう(という妄想)。
- 殺害
- 停止
- 消失
- 変化
- 抑制
- 放棄
以下、個別の用法ごとに例文を交えながら、殺格がどのように使われるか見てみましょう。
殺害の殺格
文字通り。対象が生物的な死を迎えることを表す。
例:「正当防衛のため、暴漢を刺した」
「暴漢」が殺格であった場合、暴漢は刺殺されたことまで含意する。
例:「ネコがネズミを食べた」
食った、ということは「ネズミ」は十中八九死んでいるので、殺格で表現されることでしょう。逆に例えばネズミがネコの胃の中で生きているなら殺格を使うべきではない。
停止の殺格
機能・役割を止めたり、機能不全に陥らせる。しかし一時的な機能停止なので、復活可能。
例:「明かりを消す」
電源をOFFにする系の文章で殺格が使えそう。
例:「箪笥が倒れている」
例えば引き出しが使えないなど、箪笥としての機能を一時的に喪失している状態。戻せば使える。
倒れた結果破壊されてしまった場合との区別は言語ごとに何か文法範疇作るか何かをするということだと思う。
消失の殺格
物や概念、香りなどを消す。物損や金銭的損失、名誉毀損なども。
例:「昨日何を食べたか忘れた」
食べたものの記憶、という概念の喪失。
例:「ろうそくを吹いて火を消す」
「火」という明らかに存在していたものが消失する。
例:「FXで有り金全部溶かした」
形になっていないものも含めて、財産の喪失は殺格の適用範囲だと思う。
変化の殺格
何らかの動作や経時的変化によって、機能や価値が失われる対象を表すような気がする。
これはポジティブな意味にも、ネガティブな意味にも両方使われる気がする。
例:「牛乳を常温で放置してたらそりゃあ腐るでしょう」
牛乳の牛乳としての役割の喪失。腐った牛乳は腐ってない牛乳とはその機能が一致しないはず。かつての牛乳ではないのである。
例:「興味本位で目覚まし時計を分解した」
分解された目覚まし時計のパーツの集合は時計ではない。構成要素が同じだとして、果たして時を刻むことがあるだろうか(反語)。
例:「オタマジャクシは成長するとカエルになる」
成長に伴って不可逆的に変化するときも、殺格が使えそう。カエルに成った時、オタマジャクシという存在は消える。
抑制の殺格
抑制、弱体化、中和など?完全に機能が無くならないにしても、弱まる場合に使えそう。停止とか消失とか変化とグラデーションだとは思うけど。
例:「迂闊な発言で若者のやる気を削ぐ」
気分も弱められる。
例:「熱を冷ます」
熱さが緩和する。ミクロには熱運動の抑制。
例:「売れない商品を値下げする」
商品価値の低下、弱化。
例:「塩酸を水酸化ナトリウムで中和する」
酸性が弱まったり、完全に無くなったりしうるという意味で。
放棄の殺格
捨てたり置き去りにする。存在が世界から無くなってはいないが、動作主の関心の外に行くようなとき?
例:「車の窓からゴミをポイ捨てするな」
捨てるという行為は、対象を自分の関心の外に追いやることになる。
例:「君をただ不幸にするだけのその考え方は捨てたほうがいい」
概念も同じく。
例:「カラスに襲われたので仕方なく昼飯を置いて逃げた」
置き去りにされる、残される、放棄されるものは殺格のカバー範囲でしょう。
例:「不採算事業を売却する」
当然この世に存在はし続けるが、動作主体視点では無き者にされる。
おまけ:殺格を持つ言語の例
自分が観測した中では、
- オ゛ェジュルニョェーッ語
- カタパイ語(自言語)
だけなのですが、もし他にあれば教えてください。
ちなみに、オ゛ェジュルニョェーッ語の殺格は「失わしめるものを表す格」で、生格「生み出すことを表す格」と対をなしています。オ゛ェジュルニョェーッ語では(多分)殺される方ではなく殺す方が殺格で表現されていて、(多分)使役的な意味になっているようです(間違ってたらご指摘ください)。
おまけ2:カタパイ語について
拙作の人工言語「カタパイ語 (katapali katapayile)」では「生殺与奪格のみの言語が創れるだろうか?」をコンセプトに、殺格語法の拡充を試みております。
最後に
考えるのは自由。
*1:大体は「属格」と呼ばれますが、ロシア語はじめスラヴ語ではなぜか「生格」と呼ばれる。