リムナンテスは愉快な気分

徒然なるままに、言語、数学、音楽、プログラミング、時々人生についての記事を書きます

イスクイル4 (v.0.18.5) 文法概論

かんたんイスクイル(簡単とは言ってない)

もう各Slotごとに詳述するのがめんどくさくなりました。

はじめに(お気持ち)

イスクイル学習、日本語母語話者にとってかなりやりやすいのではないかと思っている。

注意

毎度のことですが、ちゃんと勉強するなら須らく原典を読むべし。
http://www.ithkuil.net/morpho-phonology_v_0_18_5.pdf

この記事は単なる筆者のメモです。
書き終わってからいろいろ足したくなったので気が向いた時に加筆します。

品詞

大きく分けて3つ、formatives(形成詞)とadjuncts(付属詞)とreferentials(参照詞)。
自然言語との対応関係は以下の通り。

  • formatives(形成詞):名詞+動詞+分詞
  • adjuncts(付属詞):副詞
  • referentials(参照詞):代名詞

語順

基本は1番目のformativeが動詞。ただし題目を動詞の前に持ってくることが可能。
特にイスクイル4の場合はアクセント位置で動詞か名詞か分詞か判断できるので3の時よりわかりやすくなった。

動詞以外の語順?イスクイルでは豊富な格変化()で名詞どうしの関係性を理解できるから何でもOK。日本語もそうだよね、わかるね。

formatives(形成詞)の音韻形態論

全部で10スロット(5個も減ったから簡単)。

I: Cc(形容詞かどうか的なやつ)+II: Vv(語義派生)+III: Cr(語根)+IV: Vr(語義派生)+V: CsVx(接辞)+VI: Ca(語義派生)+VII: VxCs(接辞)+VIII: VnCn(法/格スコープ)+IX: Vc/Vf/Vk(格/形式?/法っぽいやつ)+X: [stress](slot IXの意味を定める)

「スロット」なる謎単語が急に出てくるからわかりづらいだけで、本質はセム語の語根子音に母音突っ込んだり接頭辞/接尾辞つけて派生語作ったりするそれ。k1t2b3の1とか2とか3みたいなやつがSlot。ただしイスクイルは省エネなので12k456789みたいな逝かれた構成になっているだけ。「だけ」ではない。やはり逝かれている。

なお、Ccなどは1〜5個の子音連続で構成され、Vvなどは(多分)1〜3個の母音で構成されます。

語根周りの話(辞書定義されている範疇)

各語根に対してstem(語幹、Slot II)、specification(仕様、Slot IV)による単語の派生的意味は辞書的に定義されている。なのでその通りに活用すればいい。

例えば辞書の2.1.4を見るといろいろごちゃごちゃ書いてあります。が、とりあえず-LČŘ-「便所」という語根は-LCW-「建築設備」という語根と同様の活用をするということがわかります。

ここのstem 1-bscのところを見てみると、
「連続的な機械的、電気的、配管的又は生活的な状態を維持し、提供するために、建築物に組み込まれた恒久的な固定具として機能している状態/行為/状態プロセス; そのような器具」みたいなことが書かれています。
ということは、-LČŘ-をstem 1-bscで活用させると「便所」という単語が作れるということ。
つまり「便所」を表す語幹は-alčřa-(最初のaは飛ぶことが結構多い)。

つまらないので別の例も見てみます。stem 2-csvのところでは「設備を利用する人間の行為」みたいなことが書かれています。ということは、-LČŘ-をstem 2-csvで活用させると「うんこする行為」とか「おしっこする行為」とか「排泄行為」という単語が作れる。表の通りに活用すると-elčře-。たまたま母音が被ってしまいましたが、1個目の母音と2個目の母音は一般に異なる音価になります。

辞書定義されていない語根周りの話

version(転換、SlotII)、function(機能、Slot IV)、context(文脈、Slot IV)の3つに関しては特に辞書で意味が規定されているわけではない。が、Slot IIとIVで活用する。

  • version(転換):非完結的(processual)か完結的(completive)か、というのに近い?
  • function(機能):状態/静態(stative)か動作/動態(dynamic)か
  • context(文脈):(イスクイル3と等価なのかわからない)


functionでは状態と動作を区別します。-stem2-LČŘ-csv-「うんこする」で言うと、stative function "-elčře-"は「うんこしている(状態に着目)」、dynamic function "-elčřo-"は「うんこをする(行為に着目)」。

versionに関して。processualは特に目的を達成する意図がない行為。一方でcompletiveは目的完遂に焦点があります。とりあえず「うんこしに行った」のがprocessual、「うんこしに行って結果うんこ出しきった」のがcompletive。

contextは保留。

Ca

configuration+extension+affiliation+perspective+essenceという観点から語義を派生させることができる。というか、それぞれ異なる語彙が生える。

要するに、うんこという行為が複数回行われているとか、うんこ行為が現在から切り離されてるとか、一般的うんこ行為とか、イマジナリー排便とか。

concatenation(連結)

Slot Iをもりもり活用することで形容詞っぽくなるかそうじゃないかが示せる。
タイプ1とタイプ2の2種類(と「連結しない」)がある。
タイプ1はいわゆる形容詞。タイプ2は合成語として新しい概念を形成する。「北極のクマ」(タイプ1)と「北極グマ」(タイプ2)のように、前者は単に「北極にいるクマ」ということしか言わないが、後者は「北極グマ」という新たな概念に言及している。

Slot IX周りの話

Slot IXがVc(名詞の格)かVk(動詞のいろいろ)かどっちになるかはSlot Xに従う。
つまり、stressが後ろから2番目の音節ならVc、最終音節ならVk。後ろから3番目の音節ならVc(分詞?正確に言うとframed relationのcase)。concated formativeの時はVf。

Vc(格)

格は今回68個に減ったのですごく簡単になった(当社比)。

Vk(動詞に関する嬉しい情報たち)

なんかいろいろある。

adjuncts(付属詞)の音韻形態論

なんか知らんがめっちゃ増えた。滅茶苦茶になってるのでちょっとわからない。いやなんでお前ら分裂した?イスクイル3ではひとまとまりだったよね?

  • single-affix adjunct:わからん
  • multiple-affix adjunct:知らん
  • modular adjunct:誰お前
  • register adjunct:なんだお前
  • carrier adjunct(借用):(イスクイルから見た)借用語を使う時に
  • quotative adjucnt(引用):直接話法的に文章を引っ張ってきたい時に
  • naming adjunct(名称):固有名詞を呼称する際に?
  • phrasal adjunct:謎

referentials(参照詞)の音韻形態論

イスクイル3では代名詞的なやつがadjunctsの範疇にありましたが、イスクイル4では独立。おめでとう。

わからん。

イスクイル 3の格変化を紹介する動画を投稿しました。


表題の通り。
(2021-02-18 追記:要望があったのでpdf版をアップロードしました)
github.com


イスクイル 3(イスクイル 4ではない!)には格が96個ありまして、当然のことながらイスクイル単語は96通りの格変化をします。
というのをイスクイル文字、ラテン文字表記、和訳を添えて全部紹介する、という動画です。

(白の直線の太さなんにも考えてなかったもんで画質上げると環境によっては消滅するんですよねぇ…)


私はイスクイルに関する日本語資料が少なすぎて悲しいです。そもそもイスクイルできる人が少ないわけですが。
そんなわけで、少しでも多くこの世に日本語資料をぶん投げてやろうと、そういう取り組みの一環です。このブログもそうですが。

急に動画を製作した建前上の理由は、なんやかんやで文章より動画の方が見る側は楽なのかな、ということ。
人、基本的に文章が読めないので、だったら動画にしちまえと。そろそろ5Gになろうという現代においてより情報量の多い媒体を使った方が受け手のコストが減るんですよ。イスクイルに関する日本語の動画は多分これが初めてでしょうし。

本当の理由は、ある日「ウ”ィ”エ”」という曲を(不幸にも)聞いてしまったために、「この曲でイスクイル動画を作れ」という天からのお告げが降ってきてしまったからです。


動画にも書きましたが、格の名称、訳文は例であって真実を反映しているとは限りません。(大した動画ではないので、指摘があればやる気出たときに修正しますが)誤訳が結構ありそうでちょっとあれなんですよね。
そもそもイスクイルそこそこできる日本人が(知る限り)一人、イスクイルチョットデキルな人が一桁〜良くて10人余りな状況で妙訳が定着しているわけもなく。正直、動画製作の大半をデータベース作成に費やしたと思う。conversive case(42格)とかは滅茶苦茶悩んで中国語から引っ張ってきたり。あ〜和訳も41格と42格の訳し分けが微妙な感じではあるし…


……やっぱりそうですね。お告げが降ってきたのが2月4日。2月5日〜2月11日。discordサーバーの皆様を混乱と期待の渦に巻き込みながらイスクイル文字入力キーボードを探して導入してパワーポイントで使えなくて絶望したのが多分2月11日〜2月13日。pythonでpptx操作するのを覚えて流し込んだのが2月13日〜2月14日。実質的な動画作成が2月14日深夜。

そのうちデータをどこか公共の場所にまとめてあげておきましょうかね。


イスクイル 4やりてえな

準同型定理(第一同型定理)【環上の加群 3】

加群にも群、環、体と同様に準同型、準同型定理があります。なので以降の議論は加群のみならず群や環と同等かと思われます。
群や環のときにも準同型については学んだと思いますが、改めて加群verの準同型定理(の復習)を見ていきましょう。

準同型

そもそもなんで準同型を考えるのかといえば、よくわからん加群の構造は直接調べなくとも、その加群と同型(全単射準同型)な加群を調べればわかるからなんですねぇ。


2つの加群を比較するとなったときどうするかというと、まあ写像で考えることになると思います。加群M_1から加群M_2への写像\varphi :M_1\to M_2とすると、M_1写像\varphiによる像{\rm Im}\varphi\subset M_2写像されます。

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写像を噛ませたとしても加群としてだいたい「同じ」になってくれると嬉しいわけです。この、「ある程度の演算構造を保ってくれる写像」のことを準同型といいます。正確にはdef 3.1のように定義されます。


def 3.1R-加群M_1,M_2に対し、写像\varphi :M_1\to M_2が次の2つの条件
 (1) \varphi(x+y)=\varphi(x)+\varphi(y) (x,y\in M_1)
 (2) \varphi(ax)=a\varphi(x)     (x\in M_1, a\in R)
を満たすとき、\varphiR-準同型(写像)であるという。

(1)の左辺の+はM_1の、右辺のはM_2の加法です。
準同型で写した先もちゃんと加群になっていてほしいのですが、def 3.1のように定義すると\varphiで送った先の集合もうまいこと加群になってくれます。ただの群とは違い、スカラー乗法でも演算が閉じていないといけないので(2)の条件が必要です。

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prop 2.2より、{\rm Im}\varphiM_2の部分加群になる条件は、(1) {\rm Im}\varphiの元同士を足しても{\rm Im}\varphiの元、(2) {\rm Im}\varphiの元のスカラー倍も{\rm Im}\varphiの元です。
def 3.1のように準同型を定義すると、\varphi(x+y)\varphi(ax){\rm Im}\varphiの元であることから、
 (1) \varphi(x),\varphi(y)\in{\rm Im}\varphiに対して\varphi(x)+\varphi(y)=\varphi(x+y)\in{\rm Im}\varphi
 (2) a\in Rに対してスカラー倍はa\varphi(x)=\varphi(ax)\in{\rm Im}\varphi
以上から{\rm Im}\varphiM_2の部分加群です。つまり、準同型は和とスカラー倍を保つ写像になっているということです。


準同型が全単射のときはM_1の元とM_2の元が一対一対応するので{\rm Im}\varphi=M_2となります。このとき、\varphi同型であり、M_1M_2同型であるといいます。


def 3.2M_1,M_2R-加群とする。
\varphi全単射準同型(\varphi ':M_2\to M_1も準同型)のとき、\varphiR-同型といい、\varphi :M_1\xrightarrow{\cong}M_2のように書く。
また、R-同型\varphi :M_1\xrightarrow{\cong}M_2が存在するときM_1M_2は同型であるといい、M_1\cong M_2と書く。


Rが体KのときK-加群は体K上のベクトル空間となりますが、同じようにK-準同型写像のはK-線形写像になります。


def 3.3Rが体Kのとき、K-準同型写像のことをK-線形写像ともいう。


準同型定理(第一同型定理)

準同型定理と第一同型定理は別物っぽいですが、第一同型定理のことを準同型定理と言っている参考書が結構多いです。
が、ここでは以降準同型定理改め第一同型定理で統一します。


同型であるような加群を作りたいわけですが、各元が一対一対応(全単射)かつ準同型なものを作りたい。\varphi :M_1\to M_2を準同型としたとき、\varphi単射でない限り{\rm Im}\varphiM_1より小さい(M_1より{\rm Im}\varphiの方が元の数が少ない)です。なので、{\rm Im}\varphiと同じ大きさになるようなM_1の部分加群を探す必要があります。

核・像・余核・余像

準備として、核(kernel)、像(image)、余核(cokernel)、余像(coimage)を改めて定義します(像は今まで平然と使っていましたが)。


def 3.4R-加群M_1,M_2に対してR-準同型が\varphi :M_1\to M_2のように定義されるとき、
 (1) \varphiの核 {\rm Ker}\varphi=\{x\in M_1\mid\varphi(x)=0\}
 (2) \varphiの像 {\rm Im}\varphi=\{\varphi(x)\mid x\in M_1\}
 (3) \varphiの余核 {\rm Coker}\varphi=M_2/{\rm Im}\varphi
 (4) \varphiの余像 {\rm Coim}\varphi=M_1/{\rm Ker}\varphi

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ちなみに核{\rm Ker}\varphiM_1R-部分加群、像{\rm Im}\varphiM_2R-部分加群です。
スカラー倍に関して、x\in{\rm Ker}\varphiのときは\varphi(ax)=a\varphi(x)=a0=0よりax\in{\rm Ker}\varphiですし、\varphi(x)\in{\rm Im}\varphiのときa\varphi(x)=\varphi(ax)\in{\rm Im}\varphiなので、それぞれ{\rm Ker}\varphi{\rm Im}\varphiが部分加群であることがわかります。

{\rm Coker}\varphi{\rm Coim}\varphiはあまり使われず、大体の参考書などでそれぞれM_2/{\rm Im}\varphi, M_1/{\rm Ker}\varphiで表記されていると思います。第一同型定理では核{\rm Ker}\varphiが登場します。

第一同型定理

第一同型定理、教科書やその他文書によっては準同型定理と書かれているかもしれないやつです(本来の準同型定理は第一同型定理よりも一般的な主張)。

加群M_1からM_2への準同型\varphiがあるとき、M_1を核{\rm Ker}\varphiで割った剰余加群M_1/{\rm Ker}\varphiは像{\rm Im}\varphi\subset M_2と同型となります。


prop 3.5 (第一同型定理)M_1,M_2R-加群\varphi :M_1\to M_2を準同型とする。
この時M_1の剰余加群M_1/{\rm Ker}\varphiから\varphiの像{\rm Im}\varphiへの全単射準同型が存在する。
つまり次のようなR-同型\overline{\varphi}が存在する:

\overline{\varphi}:M_1/{\rm Ker}\varphi\xrightarrow{\cong}{\rm Im}\varphi(\subset M_2); x+{\rm Ker}\varphi\mapsto\varphi(x)

\Leftrightarrow M_1/{\rm Ker}\varphiM_1の部分加群{\rm Im}\varphiM_2の部分加群M_1/{\rm Ker}\varphi\cong{\rm Im}\varphi

prop 3.6は第一同型定理です。

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第一同型定理、理解するまでは訳がわからないのですが、理解してしまえば自明としか思えなくなります(なりました)。


一般の準同型は(定義から){\rm Im}\varphiに対して全射ですが単射とは限らないので、下図のように\varphi(x)に飛ぶM_1の元は複数あると考えられます。

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上の画像ではM_1の複数の元がM_2の元と対応しています。
さて、ここから頑張ってM_1を加工し同型(全単射準同型)を作ります。

とりあえず{\rm Im}\varphiへの全射ではあるので、単射にします。どうするかというと、「M_1の部分集合から{\rm Im}\varphiの元への写像」を作ります。こうすることで全単射が実現します。

で、\varphi(x)\in{\rm Im}\varphiへ飛ぶ元の集合を作りたいのですが、例えば

x+{\rm Ker}\varphi=\{x+k\mid k\in{\rm Ker}\varphi\}

がそれにあたります。つまり、準同型\varphiによって0\in M_2に飛ぶような元とxの和の集合を作ります。

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{\rm Ker}\varphiがやっていることは、「同じ{\rm Im}\varphiの元に飛ぶM_1の元のグルーピング」。
そして、{\rm Ker}\varphiが部分加群なのでM_1/{\rm Ker}\varphiが剰余加群x_i\in M_1とするとx_i+{\rm Ker}\varphiM_1/{\rm Ker}\varphiの元です。剰余というものがうまいこと全単射準同型を導くような性質を持っています。あと\pi :M_1\to M_1/{\rm Ker}\varphi全射

k{\rm Ker}\varphiの元とすれば\varphi(k)=0なので、\varphi(x+k)=\varphi(x)+\varphi(k)=\varphi(x)+0=\varphi(x)
そして写像

\overline{\varphi}:M_1/{\rm Ker}\varphi\to{\rm Im}\varphi; x+{\rm Ker}\varphi\mapsto\varphi(x)

R-同型(R-全単射準同型)。

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一応\overline{\varphi}R-同型であることを確認します。先の話から全単射ではあるので、和とスカラー倍に関してdef 3.1

\overline{\varphi}(\left(x+{\rm Ker}\varphi\right)+\left(y+{\rm Ker}\varphi\right))=\overline{\varphi}(x+{\rm Ker}\varphi)+\overline{\varphi}(y+{\rm Ker}\varphi)

\overline{\varphi}(a(x+{\rm Ker}\varphi))=a\overline{\varphi}(x+{\rm Ker}\varphi)

が成り立っていることを確認。


proof 3.5・和
\begin{align}\overline{\varphi}(\left(x+{\rm Ker}\varphi\right)+\left(y+{\rm Ker}\varphi\right))&=\overline{\varphi}(\left(x+y\right)+{\rm Ker}\varphi)\\&=\varphi(x+y)\\&=\varphi(x)+\varphi(y)\\&=\overline{\varphi}(x+{\rm Ker}\varphi)+\overline{\varphi}(y+{\rm Ker}\varphi)\end{align}



スカラー
\begin{align}\overline{\varphi}(a(x+{\rm Ker}\varphi))&=\overline{\varphi}(ax+{\rm Ker}\varphi)\\&=\varphi(ax)\\&=a\varphi(x)\\&=a\overline{\varphi}(x+{\rm Ker}\varphi)\end{align}


というわけで次の定理もなりたちます。


prop 3.6{\rm Ker}\varphi=\{0\}\Leftrightarrow\varphi単射

準同型全体の集合


prop 3.7M_1,M_2R-加群{\rm Hom}_R(M_1,M_2)M_1からM_2へのR-準同型の全体とする。
\varphi,\psi\in{\rm Hom}_R(M_1,M_2)a\in Rに対して和とスカラー積を
\begin{align}(\varphi+\psi)(x)&=\varphi(x)+\psi(x) \\ (a\varphi)(x)&=a\varphi(x)\end{align}

と定義すると、{\rm Hom}_R(M_1,M_2)R-加群

いつか意味がわかるかもしれない。


proof 3.7(1) 環の乗法とスカラー乗法
\left(\left(ab\right)f\right)(x)=ab\left(f(x)\right)=a(bf)(x)=\left(a(bf)\right)(x)

(2) スカラー乗法の分配律
\left(a\left(f+g\right)\right)(x)=a\left(\left(f+g\right)(x)\right)=a\left(f(x)+g(x)\right)=af(x)+ag(x)=(af)(x)+(ag)(x)
\left((a+b)f\right)(x)=(a+b)f(x)=af(x)+bf(x)=(af)(x)+(bf)(x)

(3) スカラー乗法の単位元
(1f)(x)=1f(x)=f(x)


↑初:加群の定義【環上の加群 1】 - リムナンテスは愉快な気分
←前:部分加群・有限生成【環上の加群 2】 - リムナンテスは愉快な気分
→次:https://limnanthaceae.hatenablog.com/entry/2021/03/08/003000

マーシャル語学習記 vol.8 - 時制2(未来形、近接未来形)

多分今年最後の更新になります。

時制続きです。vol.7では現在形(j)と過去形(ar / kar)について触れました。vol.8では未来形(naaj)と近接未来(itōn)についてです。

未来形

未来形は-naaj-ですが、いろいろな発音のされ方があるらしく-nāj-になったり-nij-になったりするようです。ただ一般的な綴りは-naaj-なので以下これで統一します。

過去形同様に全ての形容詞、動詞、名詞の前に置くことができます。

inaaj m̧ōņōņō (i-naaj-m̧ōņōņō):「私は幸せになるだろう」
kwōnaaj m̧ōn̄ā (kwō-naaj-m̧ōn̄ā):「あなたは将来食べる」
enaaj rijikuuļ (e-naaj-rijikuuļ): 「彼は将来生徒になる」

人称・数 マーシャル語 日本語
1sg inaaj i+naaj 私は(将来)〜する
2sg kwōnaaj kwō+naaj あなたは(将来)〜する
3sg enaaj e+naaj 彼/彼女/それは(将来)〜する
1pl.incl jenaaj je+naaj 私たち(包含)は(将来)〜する
1pl.excl kōminaaj kōm+naaj 私たち(除外)は(将来)〜する
2pl kom̧inaaj kom̧+naaj あなたたちは(将来)〜する
3pl rōnaaj re+naaj 彼ら/彼女ら/それらは(将来)〜する

3人称複数のみ主格接辞が変化するので注意。

近接未来形

マーシャル語では未来とは別に近接未来を区別します。「ちょうど〜しようとしているところ」、「これから〜するところ」くらいの意味(なはず)。
近接未来には-itōn-を使います。また、動詞とだけ使えます。形容詞、名詞と一緒には使えません。

kwōtōn m̧ōn̄ā (kwō-tōn-m̧ōn̄ā):「あなたはこれから食べる」
jeitōn jerbal (je-itōn-jerbal):「私たち(包含)はこれから仕事をする」

人称・数 マーシャル語 日本語
1sg itōn i+itōn 私は(近い将来)〜する
2sg kwōtōn kwō+itōn あなたは(近い将来)〜する
3sg eitōn e+itōn 彼/彼女/それは(近い将来)〜する
1pl.incl jeitōn je+itōn 私たち(包含)は(近い将来)〜する
1pl.excl kōmitōn kōm+itōn 私たち(除外)は(近い将来)〜する
2pl kom̧itōn kom̧+itōn あなたたちは(近い将来)〜する
3pl reitōn re+itōn 彼ら/彼女ら/それらは(近い将来)〜する


よくわかりませんが一人称単数、二人称単数だけiが脱落します。

時制まとめ

現在、過去、未来、近接未来の人称変化の表です。

人称・数 現在形 過去形 過去形(東) 未来形 近接未来形
-j -ar -kar -naaj -tōn
1sg i- ij iaar ikar inaaj itōn
2sg kwō- kwōj kwaar kwōkar kwōnaaj kwōtōn
3sg e- ej eaar ekar enaaj eitōn
1pl.incl je- jej jaar jekar jenaaj jeitōn
1pl.excl kōm- kōmij kōmar kōmikar kōminaaj kōmitōn
2pl kom̧- kom̧ij kom̧ar kom̧ikar kom̧inaaj kom̧itōn
3pl re- rej raar rekar rōnaaj reitōn

部分加群・有限生成【環上の加群 2】

加群というやつにもいろいろあり

などがあります。この先は様々な加群の性質を見ていこう、ということで、環上の加群第2回では部分加群、剰余加群、有限生成加群について説明します。


部分加群の定義

部分群の時と同じように部分加群を定義します。


def 2.1 Mを左R-加群N\prec Mを部分(加法)群とする。
NMスカラー積に関して閉じている、すなわち
aN\subset N a\in R

となるとき、NMR-部分加群という。

つまり、集合としてMの部分集合Nを取ってきたときに、(1) Nが部分加法群であり、(2) 環Rの元を掛けてもNに入っていればNは部分加群であるといえます。

というわけで次の定理が成り立ちます。


prop 2.2Mが左R-加群のとき、N\subset Mが部分加群\Leftrightarrow\begin{cases}(1) & \forall x, y \in N \Rightarrow x+y\in N \\ (2) & \forall a\in R, \forall x\in N \Rightarrow ax\in N \end{cases}

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これは(実質的に)加群の定義と見なせます。

部分群の定義から考えると厳密には-x\in Nも入れる必要がありそうですが、(2)を満たすときx\in Mより加群M上の演算としてdef 1.1 (3)とprop 1.2 (2)から-1\in Rとのスカラー積を考えると(-1)x=-(1x)=-x\in Nが言えるため、これは(2)に含まれます。
可換環Rは加法に関して群であるので、乗法単位元1の加法逆元-1Rの元)

イデアルI\subset RR-部分加群でもあります。

剰余加群

イデアルの話が出たので、ついでに剰余加群の話もしておきます。
剰余加群イデアルの拡張にもなっていますが、剰余群のときと同様に同値関係から考えます。


def 2.3R-加群MR-部分加群Nに対して、x\sim yx-y\in N(同値関係)で定義する。
M/Nに対して
(1) \overline{x}+\overline{y}=\overline{x+y}
(2) a\overline{x}=\overline{ax}
と定義するとR-加群となる。
これをMNによるR-剰余加群という。


部分加群の性質

R上の加群Mについて考えます。また、N_1, N_2Mの部分加群であるとします。ここで、

共通部分:N_1\cap N_2 = \{x \mid x\in N_1\cap x\in N_2\}
和:N_1+N_2 = \{x_1+x_2\mid x_1\in N_1, x_2\in N_2\}

とすると、(集合として)下のような図で表すことができます。

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このとき、N_1\cap N_2N_1+N_2も部分加群です。これは複数個(多分共通部分は無限個、和は有限個)あっても同様に部分加群になります(prop2.4, 2.5)。



prop 2.4 \{N_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}加群Mの部分加群の族とすると、\bigcap N_\lambdaMの部分加群

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2つの部分加群について考えると、
x,y\in N_1\cap N_2とすればx+y\in N_1かつx+y\in N_2なのでx+y\in N_1\cap N_2
a\in Rのときxは部分加群N_1の元なのでax\in N_1。またN_2の元でもあるのでax\in N_2。なのでax\in N_1\cap N_2
これを帰納的に適用すればprop 2.4が示せます。



prop 2.5部分加群N_i\prec Mに対して、 N_1+N_2+\cdots+N_r=\{x_1+x_2+\cdots+x_r\mid x_i\in N_i\}Mの部分加群

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同じように2つの部分加群について考えると、
x_1,y_1\in N_1, x_2,y_2\in N_2とするとx_1+x_2, y_1+y_2\in N_1+N_2であり、x_1+y_1\in N_1, x_2+y_2\in N_2から(x_1+x_2)+(y_1+y_2)=(x_1+y_1)+(x_2+y_2)\in N_1+N_2
また、ax_1\in N_1, ax_2\in N_2なのでa(x_1+x_2)=ax_1+ax_2\in N_1+N_2
これを帰納的に適用すればprop 2.5が示せます。


有限生成

加群の生成について。


def 2.6 S\subset Mとする。
\langle S \rangle:=Sを含む最小のMの部分加群

Sで生成されるMの部分加群という。

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とりあえず包含関係はこうです。Sではなくて\langle S \rangleが部分加群

具体的な生成方法はprop 2.7。
群の生成の場合は、部分集合Sの元とそれらの逆元の有限積の集合が部分群となるのでした。しかし加群の場合は環Rの積とのスカラー倍に関しても演算が閉じている必要があるため、結局\langle S \rangle

 a_1x_1+\cdots+a_nx_n

のようになります。

これはイデアルの生成と同様です(イデアル加群なのでそれはそう)。


prop 2.7 \{N_\lambda\}_{\lambda\in\Lambda}Sを含むMの部分加群全体とすると、
\langle S \rangle = \bigcap_{\lambda\in\Lambda}N_\lambda = \{a_1x_1+\cdots+a_nx_n\mid a_i\in R,x_i\in S\subset N_i\}

と表すことができる。

ベクトル空間の1次結合みたいなやつ。


特に環R上でSで生成することを明記する場合は \langle S \rangle_Rと書きます。


def 2.8 M=\langle S \rangle_Rのとき、SMの生成系(あるいは、MSで生成される)という。
Sが有限で|S|<\inftyのとき、Mは有限生成であるという。


加群の場合は有限生成だからといって1次独立とは限りません(つまり基底がない場合がある)。
ベクトル空間の場合はa_1x_1+\cdots+a_nx_n=0のときa_n\neq 0ならx_n=-\frac{1}{a_n}a_1x_1+\cdots+a_{n-1}x_{n-1}\in \langle x_1,\cdots,x_{n-1}\rangleとできましたが、これはa_nが体の元のため乗法逆元が取れるのでした。
環の場合は乗法逆元が取れないので、上のような式変形はできません。なので、基底でなくても加群が生成できます。

加群の定義【環上の加群 1】

4ヶ月ぶりに加群やろうとしたらわからなくなりました。忘れました。
ノート見ても何もわかりません。というわけで、頭空っぽでもわかるような記事にしていきたい。
(群とか環とかくらいだとその辺にわかりやすい記事がたくさんあるのですが、流石に加群までくると解説してくれるサイトがあんまり無くて悲しいです。いやまあ真面目にやれという話ではあるんだけれども。)
ただあんまり誤魔化しすぎないようにはしたい。

加群論を始める前に

集合論群論→環論・体論→加群ガロア理論可換環論→古典的代数幾何→スキーム論→楕円曲線→数論幾何?

前提知識

群、環、体、あと線形代数とベクトル空間をちょっと知ってると面白いかもしれない。

で、結局「環上の加群」ってなんなん?

  • 「足し算」と「整数倍っぽいやつ」がなんかうまいことできるやつ
  • 線形代数、ベクトル空間の一般化
  • ホモロジー代数の前提
  • 可換環が作用している加法群(=加群)の性質を調べる

動機付けはこんな感じで十分かな。
ベクトル空間は係数が体に対して定義されますが、加群は係数が環に対して定義されます。

記事一覧

  1. 加群の定義 (2020-12-27)
  2. 部分加群・有限生成 (2020-12-29)
  3. 準同型定理(第一同型定理) (2021-01-06)
  4. 直積と直和 (2021-03-08)
  5. 自由加群 (2021-06-19)
  6. ネーター加群アルティン加群
  7. 表現行列
  8. PID上の加群
  9. 零化イデアル
  10. 単因子論
  11. アーベル群の基本定理
  12. ジョルダン標準形
  13. 射影加群
  14. テンソル

復習:ベクトル空間(線型空間

ベクトル空間を一般化させたものが加群なのですが、ベクトル空間の定義は以下のようなものでした。


def 1.0V を空でない集合、\mathbb{K} を実数集合 \mathbb{R} または複素数集合 \mathbb{C} として、次の演算が定義されているとする:
(1)  \mathbf{u},\mathbf{v}\in V に対して \mathbf{u}+\mathbf{v}\in V
(2) \mathbf{u}\in V, c\in \mathbb{K} に対して  c\mathbf{u}\in V

また、\mathbf{u},\mathbf{v},\mathbf{w}\in V, a,b\in\mathbb{K} に対して以下の(1)〜(8)が成立しているとする:
(1) (\mathbf{u}+\mathbf{v})+\mathbf{w}=\mathbf{u}+(\mathbf{v}+\mathbf{w})
(2) \mathbf{u}+\mathbf{v}=\mathbf{v}+\mathbf{u}
(3) \exists\mathbf{0},\mathbf{v}+\mathbf{0}=\mathbf{v}
(4) \mathbf{v}\in V, \exists -\mathbf{v}, \mathbf{v}+(-\mathbf{v})=\mathbf{0}
(5) a(b\mathbf{u})=(ab)\mathbf{u}
(6) (a+b)\mathbf{u}=a\mathbf{u}+b\mathbf{u}
(7) a(\mathbf{u}+\mathbf{v})=a\mathbf{u}+a\mathbf{v}
(8) 1\mathbf{u}=\mathbf{u}

このとき、V\mathbb{K}上のベクトル空間という。

ちなみに 0\mathbf{u}=\mathbf{0} を定義に入れる場合もありますが、(1),(2),(3),(4),(6)から導けますので基本はいらないです。

(6)に a=b=0 を代入して

(0+0)\mathbf{u}=0\mathbf{u}+0\mathbf{u}

つまり
0\mathbf{u}=0\mathbf{u}+0\mathbf{u}

ここで 0\mathbf{u} の逆元として (-0\mathbf{u}) というものを考え、両辺に足すと
0\mathbf{u}+(-0\mathbf{u})=(0\mathbf{u}+0\mathbf{u})+(-0\mathbf{u})

(1)より
0\mathbf{u}+(-0\mathbf{u})=0\mathbf{u}+(0\mathbf{u}+(-0\mathbf{u}))

(4)より 0\mathbf{u}+(-0\mathbf{u})=\mathbf{0} なので
\mathbf{0}=0\mathbf{u}+\mathbf{0}

(3)より 0\mathbf{u}+\mathbf{0}=0\mathbf{u}なので
\mathbf{0}=0\mathbf{u}

(2)より
0\mathbf{u}=\mathbf{0}


…こんなん覚えられるか!
って思わないんですかね数学強い人たちは(筆者は線形代数初習の時非常に苦しんだ記憶があります)。
まず前提条件がモリモリありますし、条件8個も覚えられなかったですね。


しかしすでに我々は群・環・体を習得しているわけで、群論・環論・体論の言葉で def 1.0 を解釈できるのです。
(1)〜(4)は V が結合律、可換律、加法単位元(零元)の存在、加法逆元の存在を満たす加法群であると言っているに過ぎないし、\mathbb{C} とか \mathbb{R} は結局のところ体ですので。つまりこうです。


def 1.0.1K、加法群 V とする。また、\mathbf{u},\mathbf{v}\in V, a,b\in K とする。
 Kの作用 K\times V\to V; (a,{\bf v})\mapsto a{\bf v}が定義され、

(1) a(b\mathbf{u})=(ab)\mathbf{u}
(2) a(\mathbf{u}+\mathbf{v})=a\mathbf{u}+a\mathbf{v}(a+b)\mathbf{u}=a\mathbf{u}+b\mathbf{u}
(3) 1\mathbf{u}=\mathbf{u}

を満たす時、VK上のベクトル空間という。

まあこんだけですよ。ついでなので2つの分配法則も1つにまとめました。
この体 K可換環  R\neq(0) に変えた(拡張した)のが加群です。

加群の定義

まずは加群の定義から。


def 1.1可換環 R\neq(0)、加法群 Mに対して Rの作用 R\times M\to M; (a,{\bf x})\mapsto a{\bf x}が定義され、
(1)  (ab){\bf x}=a(b{\bf x}) ( a,b\in R, {\bf x}\in M
(2)  a({\bf x}+{\bf y})=a{\bf x}+a{\bf y} (a+b){\bf x}=a{\bf x}+b{\bf x} ( a,b\in R, {\bf x},{\bf y}\in M
(3)  1{\bf x}={\bf x} ( 1=1_R\in R, {\bf x}\in M
を満たす時、 M R-加群とする。

このとき、 Rの元をスカラーといい、写像 (a,{\bf x})\mapsto a{\bf x}スカラーといいます。
それから、スカラー積を導く写像のことをスカラー乗法といいます。多分。
わかりやすさのために加法群 Mの元は太字で表記したけど次回以降普通の書体にするかも。

嬉しい点は、線形空間(ベクトル空間)とは違って、体上だけでなく環上で定義できることだと思います。つまり、整数ベクトルみたいなものは(乗法逆元が閉じてないので)線形代数の範疇では扱えなかったけれども加群の範疇なら扱える。

加群の定義は、可換環Rと加法群Mに対して、(1) 環の乗法とスカラー乗法が両立し、(2) スカラー乗法の分配律が成り立ち、(3) スカラー乗法の単位元が存在すること。言い換えると、def 1.1 のようなスカラー乗法が定義できると環R上の加群Mが作れる。

(1) 環の乗法とスカラー乗法が両立、つまり、「環 Rで乗算してからスカラー倍」と「スカラー倍のスカラー倍」が一致。

(2) スカラー乗法の分配律が成り立つ。

(3) スカラー乗法の単位元が存在。この単位元自体は環 R単位元

加群の例

一般の加法群 Aを考えます。

可換環 R=\mathbb{Z}と見做して、自然な \mathbb{Z}倍(整数倍)をスカラー積とする。つまり、

 m\in \mathbb{Z}, a\in Aに対し、

 \begin{align}ma=\begin{cases}a+a+\cdots+a & (m>0, aがm個) \\ 0 & (m=0) \\ (-a)+(-a)+\cdots+(-a) & (m<0, (-a)が(-m)個)\end{cases}\end{align}

と定義すると A \mathbb{Z}-加群

  • 整数ベクトル

まあ実際に加群を作って見ましょう。
意味がありそうな(ベクトル空間ではない)素朴な例は整数ベクトルとスカラー倍ではないでしょうか。
 \mathbb{Z}が加法群なので、群の直積 \mathbb{Z}^2は演算を (a_1, a_2)+(b_1, b_2)=(a_1+b_1, a_2+b_2)と定義することで加法群。

次に、スカラー倍が\mathbb{Z}^2で閉じるような環を探します。
環として有理数 \mathbb{Q}や実数 \mathbb{R}を持ってくるとスカラー乗法が \mathbb{Z}^2で閉じないので、可換環には \mathbb{Z}を採用。

というわけで、R=\mathbb{Z}M=\mathbb{Z}^2とします。
m\in\mathbb{Z}(a,b)\in\mathbb{Z}^2に対してスカラー積をm(a,b)=(ma,mb)\in\mathbb{Z}^2(整数同士の積は整数)と定義でき、

(1)  (mn)a=m(na) ( m,n\in\mathbb{Z}, a\in\mathbb{Z}^2
(2)  m(a+b)=ma+mb (m+n)a=ma+na ( m,n\in\mathbb{Z}, a,b\in\mathbb{Z}^2
(3)  1a=a ( 1\in\mathbb{Z}, a\in\mathbb{Z}^2

が成り立つので、加群の定義を満たします。
なので、\mathbb{Z}^2\mathbb{Z}-加群です。

可換環 R自身は R-加群

  •  K

可換環R=K(体)、加法群Vとすると、 K-加群 Vはベクトル空間(ベクトル空間の定義から)*1
ベクトル空間上のベクトルは伸び縮みできますが、加群(not ベクトル空間)の場合はベクトルを伸ばせるけど縮められない、あるいは縮める必要がないというイメージ(?)
可換環 Rが体でない場合は乗法逆元が存在しないので。

加群の性質

以下、 Rの零元は 0 Mの零元は {\bf 0}と書きます。


prop 1.2 \forall a\in R, \forall {\bf x}\in Mに対して、
(1)  a{\bf 0}={\bf 0} 0{\bf x}={\bf 0}
(2)  a(-{\bf x})=(-a){\bf x}=-(a{\bf x})

 0\in R {\bf 0}\in M

0に何を掛けても0だし、マイナスの掛け算は全体のマイナスであるという、それはそうなっててほしい性質ですが、加群の定義から証明できます。

(1)ですが、可換環 Rも加法群 Mも加法に関して群なので 0=0+0 {\bf 0}={\bf 0}+{\bf 0}が使えます。
(2)は a{\bf x}+a(-{\bf x})={\bf 0} a{\bf x}+(-a){\bf x}={\bf 0}を導くことで a(-{\bf x})=-(a{\bf x}) (-a){\bf x}=-(a{\bf x})を示します。
def 1.1の(2)より分配律が成り立つので a{\bf x}+a(-{\bf x})=a({\bf x}+(-{\bf x})) a{\bf x}+(-a){\bf x}=(a+(-a)){\bf x}が成り立ちます。


proof 1.2(1)
 0=0+0より、
 a{\bf 0}=a({\bf 0}+{\bf 0})-a{\bf 0}=a{\bf 0}+a{\bf 0}なので両辺からa{\bf 0}を引いて {\bf 0}=a{\bf 0}
同様に
 0{\bf x}=(0+0){\bf x}=0{\bf x}+0{\bf x}なので両辺から 0{\bf x}を引いて {\bf 0}=0{\bf x}

(2)
 a{\bf x}+a(-{\bf x})=a({\bf x}+(-{\bf x}))=a{\bf 0}={\bf 0}より a(-{\bf x})=-(a{\bf x})
 a{\bf x}+(-a){\bf x}=(a+(-a)){\bf x}=0{\bf x}={\bf 0}より (-a){\bf x}=-(a{\bf x})

加群・右加群

最後に、 R可換環でないとき、スカラー積が左側で乗算するのか、右側で乗算するのかが区別されます。


def 1.3R可換環でないとき、
・左側からのスカラーR\times M\to M; (a,{\bf x})\mapsto a{\bf x}を満たすMを左R-加群
・右側からのスカラーM\times R\to M; ({\bf x},a)\mapsto {\bf x}aを満たすMを右R-加群
という。

例えば環R上のn\times n行列からなる正方行列環 M_n(R)は非可換なので、左から作用させれば左M_n(R)-加群、右から作用させれば右M_n(R)-加群


→次:部分加群・有限生成【環上の加群 2】 - リムナンテスは愉快な気分

*1:K-加群で十分?

楔形文字で学ばないアッカド語文法(5)語根

アッカド語はお久しぶりです。別のことをいろいろやっていたらアッカド語をやる時間がなくなりました。多分次回記事執筆までまた期間が開きます。いつになったら完結するのか…



さて、この記事は

についての記事です。

1. 語根

アッカド語アフロ・アジア語族セム語派というグループに属します。このセム語系言語では、大体の単語が語根子音列の間に母音を挟むこと+接辞で作られます。

語根:k-ṣ-r

アッカド語 日本語
kaṣārum 縛ること
kuṣur 縛れ
kuṣṣurum 縛られた(もの)
makṣarum

語根は大体子音3つですが、3つとは限らない。

アッカド語は9割くらい動詞っぽいので、この先殆ど動詞の話が続く…

2. G語幹

セム語では子音からなる「語根」、間に母音を挟みこむことでできる「語幹」が特徴的です。そしてこの母音の挟み込み方によって様々な機能を持った語幹が生まれます。

メインはG語幹、D語幹、Š語幹、N語幹の4系統。それぞれに、受け身、相互動作を表すt語幹(Gt、Dt、Št、Nt)、反復動作を表すtn語幹(Gtn、Dtn、Štn、Ntn)への派生とŠD語幹がある。

状態動詞3人称単数の場合。簡単のため、語幹子音はそれぞれ1,2,3で表記。

語幹 形態 備考
G語幹 1a2ā3 (基本的なもの、独: Grundstamm)
D語幹 1u22u3 (性質、独: Doppelungsstamm)
Š語幹 šu12u3 (使役)
N語幹 na12u3 再帰・受動)
Gt語幹 1it2u3 (Gの受動)
Dt語幹 1uta22u3 (Dの受動)
Št語幹 šuta12u3 (Šの受動)
Nt語幹 ita12u3 再帰的受動)
Gtn語幹 1ita22u3
Dtn語幹 1uta22u3
Štn語幹 šuta12u3
Ntn語幹 ita12u3
ŠD語幹 šu1u22u3


G語幹は1a2ā3(これは不定形)、と表されます。

これらの語幹は不定形であり、各語幹に関して過去形、完了形、継続相、否定願望、疑問形、要求、準動詞、叙述用法に活用します。なので、例えばG語幹の過去形とD語幹の過去形で異なる母音が突っ込まれることがあります。
活用表は結構膨大な量になると思われます。(活用だと思うとそうなのですが結局のところ単語の派生が文法的と言えそう。)

アッカド語は殆ど動詞といっても過言ではなく、動詞のシステムを理解することがアッカド語の理解に繋がります。
なのでこれ以降はほぼ動詞の話


3. G不定

いわゆる辞書形。辞書の見出しは単数主格1a2ā3umらしい。これ自体が名詞なので、名詞型の活用をします。

  • šakānum 「置く(こと)」
  • maḫārum 「受け取る(こと)」
  • šaraqum 「盗む(こと)」

この手の単語は語尾-umをšakānum、šakānim、šakānam、...のように変化させることができます。


不定詞が前置詞の後ろに置かれる時、少し意味合いが変わります。
anaは「〜の方へ」、inaは「〜の中へ、〜という場所から」という意味の前置詞でしたが、ana+不定詞で「〜のために」、ina+不定詞で「〜のとき」という意味を表すことができます。前置詞に続くので当然不定詞は属格を使います。

wardum ina šaraqim ša ḫurāṣim imqut
「奴隷は金を盗むとき落ちた」
šarrum ana ālim ana šakānim ša ilim ikšud
「王は神を据えるために街に到来した」

あとのlessonで詳しく解説しますがアッカド語の基本語順はSOVです。
前置詞句中で不定詞の目的語はšaで表します(多分)。

4. 動詞の意味論

余談的な話ではありますが、だいたいの動詞は意味論的に次の3種類に分類することができます。
(1) 動作他動詞
(2) 動作自動詞
(3) 状態動詞

(1) 動作他動詞

直接目的語を取り、動作を表す動詞

  • šakānum 「置く」
  • maḫāṣum 「打つ」
  • šaraqum 「盗む」
  • ṭarādum 「送る」

(2) 動作自動詞

直接目的語を取らず、動作を表す動詞

  • naḫāsum 「後退する」
  • maqātum 「落ちる」

(3) 状態動詞

「〜であること」、「〜になること」というような、状態を表す動詞

  • damāqum 「良い」
  • rapāšum 「広い」
  • marāṣum 「病気である」


単語によっては2種類以上にまたがることがあり、同じ形の動詞でも意味合いが少し変わることがあります。
例えば、動詞kašadumは(1) 動作他動詞の意味では「届く」、(2) 動作自動詞の意味では「着く」というように使うことができます。


5. まとめ

  • アッカド語は動詞が大事
  • 語根子音の間に母音を挿入すると語幹ができる
  • 語根1-2-3に対して1a2ā3umでG不定詞を作ることができる
  • 動詞には意味論的に(1) 動作他動詞、(2) 動作自動詞、(3) 状態動詞の3種類がある。


←前:楔形文字で学ばないアッカド語文法(4)人称代名詞・簡単な文 - リムナンテスは愉快な気分
→次:楔形文字で学ばないアッカド語文法(6)G過去形と語順 - リムナンテスは愉快な気分

参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.