リムナンテスは愉快な気分

徒然なるままに、言語、数学、音楽、プログラミング、時々人生についての記事を書きます

熱力学第一法則【熱力学 1】

高校物理と偏微分くらいはわかっている前提


つまり、「内部エネルギーの変化量=加えた仕事+加えた熱」なんだけど、「外部から受け取る仕事と熱は変化の過程によるけど、その和は変化の過程によらず内部エネルギーの変化量に等しい」というやばい結論が得られる。

そもそも微分の定義が終点と始点の平均変化量なのでね

こいつが何から導出されたかという話。

熱力学がやりたいこと

そもそも熱力学とは、「効率のいい熱機関(蒸気機関とかガソリンエンジンとか)を作る」ため、気体のエネルギーがどう変化するかを調べる、という理解でいいんじゃないでしょうかね。雑にいうと、閉鎖空間に閉じ込めた気体になんか操作したときに気体の温度がどう変化するか。まあ熱と温度は別物なんですけども。

熱力学第一法則

まず、気体の内部エネルギーUというものを考えます。内部エネルギーとは、気体を構成する全分子の運動エネルギー(と本当は位置エネルギー)の総和です。で、なんやかんややると温度が内部エネルギーに比例することがわかります(単原子分子理想気体の場合U=\frac{3}{2}nRTn:気体の物質量[mol]、R気体定数T:温度)。というわけでこの内部エネルギーを調べたらいろいろわかるはず。

外力が気体にした仕事をWとします。例によってピストンモデルを考えます。外力が仕事した分が内部エネルギーとして気体に蓄えられるとすると、
U(A\to B) = W(A\to B)

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しかし、実際は仕事以外の要因で内部エネルギーが増加する場合がある。つまりこれが「熱を加えた」ときということ。
内部エネルギーの増加分から仕事した分を引いたものを熱と定義します。

 U(A\to B) - W(A\to B) = Q(A\to B)

式変形すると、

 U(A\to B) = W(A\to B) + Q(A\to B)

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微小変化に対しては、次のように微分の形で書くことができます:

 dU=d' Q +d' W

これが熱力学第一法則。
ここで、Uは状態量=全微分の形に書けますが、W,Qは状態量ではない=全微分できないのでd'を使って表記しています。
微分とは何ぞや?という数学的な話は過去記事でまとめていますので、そちらを参照してください。
limnanthaceae.hatenablog.com

準静的過程

さて、我々は最終的に具体的な物理量を計算したいのである。が、d'Qとかd'Wとか残っていると積分できないということなので大変困る。なのでどうにかして全微分の形で書きたい。

そこで考えることが準静的過程で、これによって d'Wが全微分の形で書き換えられる。(d'Qの方はエントロピーSを定義することで解消されるのですが、それはまた後ほどやるとして。)

 W = PdV

圧力Pで仕事する場合、体積をVとして
 dU=d'Q-PdV

全微分を図形的に理解する

※数学的な厳密性はあんまり考えていません

微分のお気持ち

微分とは?

 f z = f(x,y) みたいな関数とします。つまり、 \mathbb{R}^2\to\mathbb{R}; (x,y)\mapsto z とします。このとき、 f の全微分 df

 df = \frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy
と表す。


…で、この  df ってなんぞや、となるわけですよ。ちゃんと説明してくれないと。いや大学教授も説明してくれてたのかもしれないけど覚えてないだけかもしれない。

微分で何がしたいのかというと、「x とか y をちょっと増やしたら z=f(x,y) の値がどのくらい増えるか?」を知りたいのである。
つまり、x, y を微小量( dx, dy)変化させたときの z の微小変化が dz であり、ここでいうところの df となる。

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数式的に書くと、

dz=df=f(x+dx,y+dy)-f(x,y)

の値が知りたい、というのが全微分なんだけど、それは f偏微分をつかって計算できますよ、というのが

 df = \frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy

です。とても便利。

例えば、f(x,y)=-3x^2-4y^2+5xy の全微分\frac{\partial f}{\partial x} = -6x+5y, \frac{\partial f}{\partial y} = 5x-8y から df = (-6x+5y)dx + (5x-8y)dy と計算できます。


どちらかというと熱力学でやっているみたいに、df = Adx + Bdy という式が手に入ったら、 A, B偏微分  \frac{\partial f}{\partial x}, \frac{\partial f}{\partial y}dy に相当する全微分だから  f が復元できる…という使い方の方が実用的かもしれない。

なぜ偏微分を使って全微分 df が計算できるのか?

\frac{\partial f}{\partial x}fx による偏微分、つまり fx 軸方向の傾きを表します。
ということは、x 軸方向に微小量 dx だけ動かした時の f の変化量は \frac{\partial f}{\partial x}dx です。

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同様に\frac{\partial f}{\partial y}fy 軸方向の傾きなので、y 軸方向に微小量 dy だけ動かした時の f の変化量は \frac{\partial f}{\partial y}dy


(x,y) から (x+dx,y+dy) までを対角線とする平行四辺形を考えると、\frac{\partial f}{\partial x}dx + \frac{\partial f}{\partial y}dy df に一致するのがよくわかります。

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人工言語製作のための「Hello, world文」コーパス翻訳ガイド

conlinguistics.wikia.org


  1. This is a pen. (en. これはペンです。)
  2. I love you. (en. 私はあなたを愛する。)
  3. I eat an apple. (en. 私はリンゴを食べる。)
  4. I speak in xxx. (en. 私はxxxで話します。)
  5. Muson manĝas kato. (eo. ネズミを食べる、ネコが。)


短いし製作初期にとても扱いやすい文章群だと思うのでおすすめの5文。

創った人工言語の文法が実用に堪えるかを試す試金石として使うんだと思いますが、その際に気をつける点や、そもそも訳すために必要な文法事項はなんだろうか?というお話。

1文目:This is a pen. (en. これはペンです。)

この文が最難関かもしれない。難しければ後回しで構わないと思う。

用意すべき文法事項は少なくとも

  • 指示代詞の文法(品詞、指示対象の遠近を区別するか)
  • 「AはBである」型の文型(繋辞の有無、AとBの順番、特別な動詞 or 構文を用意するかどうか)
  • "pen" の訳語

この中でも特に "pen" の訳語が非常にめんどくさかった。
"pen" って非常に文化的なんですよ。棒状のものの先端に固体〜液体状の染料を染み込ませて文字を書くって世界規模でみると全然普遍的ではないんですよね。"pen" という単語が作れるなら "pen" で良いんですけどね。

文化的に "pen" が存在しない場合は、筆記具、書くもの、その他その文化で筆記の為に使われるもの、このあたりで攻める。
筆記+道具という派生 or 合成語規則を作る。「筆記」は動詞「書く」を名詞転換して作ってもよし。

さらに細かく文法を考えるとしたら

  • 時制 or 相(現在時制っぽいものを作るかどうか、またデフォルトかどうか)
  • 個数の明示("pen" が1個かそうでないかを区別するか否か)
  • "pen" の名詞クラス(個数詞っぽいものが存在するか?)

あたりを詰める。

2文目:I love you. (en. 私はあなたを愛する。)

用意すべき文法事項は

  • 動詞述語文(相当の文)の統語論
  • 「愛する」とその語法(動詞か形容詞か、主語を与格で受けるとか生格で受けるとか)
  • 1人称/2人称単数代名詞

割と素直に訳せると思う。
好悪系の動詞は、その他の動詞と異なる格をとったりしうるのでその辺りをどうするか。

3文目:I eat an apple. (en. 私はリンゴを食べる。)

用意すべき文法事項は

  • 1人称代名詞
  • 「食べる」
  • 「りんご」
  • 格をどうするか

5文の中で一番素直に訳せると思われる、と見せかけて「りんご」という植物もとい生物種をどう規定するかを考えなければならない。

我々の想定する「りんご」もしくはそれに相当する/似ている何かが存在するのであれば、それで訳せばよい。
そうでない場合はなんでしょうね。「球体状の赤い果実」とでも訳せばいいんですかね。

あるいは、イスクイルなんかだと分類学的な種ごとに語根が定まっているので、漠然とした集合としての「りんご」は(多分)存在しない。「りんご」がセイヨウリンゴなのかワリンゴなのかヒメリンゴなのかetc.を明示しなければならないとか、そういうところまで考えるかどうか。

「りんご」を数えるとかどうとか、名詞クラスが〜とかは1文目のおまけと同様のことを考えるべき。

4文目:I speak in xxx. (en. 私はxxxで話します。)

xxxには自言語でも入れておけばよいかと思います。
「喋る」みたいな単語と、「〜語で」というのをどう表現することにするかという文法作成が主でしょうか。副詞で受けるか対格で受けるか。

あ、それと自言語で自言語を何て呼ぶかは結構難しい問題ではある。よくあるのは「我々の言語」という言い方か。あるいは自言語の一般名詞を流用するか。例えば "Esperanto" は "esper-ant-o"「希望する者」からの流用ですが、意味空間を汚染するのをどれくらい気にするか。

ただ、人工言語を育てている間に文法、特に形態論とかが変わってしまって固有名詞化することが多い気がするのであんまり気にしなくてもいいかもしれない。

5文目:Muson manĝas kato. (eo. ネズミを食べる、ネコが。)

基本要素は3文目と同じ。強調語 or 付け足し的なニュアンスの語法をどうするか。語順で示す、強調マーカーを置く、強調構文を作る、など。そもそもエスペラントって語順の入れ替えにそこまで意味持たせてたっけ…

あと「ネズミ」と「ネコ」の造語。生物をあらわす名詞の造語方法は「りんご」と同様に結構考えないといけないかもしれない。

楔形文字で学ばないアッカド語文法(10)否定・二重対格・前置詞を伴う述語語法

アッカド語文法講座(?)もようやく2桁回目まできました。
第10回は動詞周りのこまごまとした文法事項について。


この記事は

についての記事です。

1. 否定の副詞 ul

「〜ではない」という打ち消しの意味を表すには、否定副詞 ul を使います。
ごく稀に ula という語形も使われます。

動詞文の場合は、動詞の直前に ul (ula) を置いて否定文を作ります。

ḫurāṣam ina bītim ul aṣbat
 私は家にある金を押収しなかった

名詞文(非動詞文)では、述部の直前に ul (ula) を置きます。

Išme-Dagan ula šarrum ša Bābilim
 イシュメ・ダガンはバビロンの王ではない

ul šarrum ša Bābilim šū
 彼はバビロンの王ではない

2. 二重対格

さて日本語では、大体の場合で二重対格が許されていません。
「*太郎が花子を本を読ませた」のように、一文(正確には節1つでしょうけど)にヲ格(対格)が2つ含まれるような文は非文扱いされるでしょう。

しかしアッカド語では一文に対格が2項来る場合があります。

大まかには次の2つのケースがあります:

  • 「AにBを〜する」型
  • 「AからBを〜する」型

「AにBを〜する」型

供給する、満たす、擦り込む、燃やす、着させる、触る、罰する、囲う、など。


amtam šikaram tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim šamnam ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ

ただし、普通に前置詞を使って言うこともある模様。

šikaram ana amtim tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim ina šamnim ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ
 (王の頭を油で擦り込む?)

「AからBを〜する」型

受け取る、要求する、主張する、取り除く、など。


awīlam eqlam abqur
 私はその人からその場所を要求した

こちらも前置詞で表現可能。

eqlam itti awīlim abqur
 私はその人からその場所を要求した

3. 前置詞 ina / itti が起点を表す時の考え方

前置詞 ina は「〜の中で」とか「〜を使って」とか「〜の手段で」とかいう意味で使います、という話を第3回でしました多分。
limnanthaceae.hatenablog.com

しかし時々「〜から」の意味で使われる場合があります。(ištuと何が違うのかはよくわからない。有識者は教えてくだいさい。)
例えば次のような文。

amtum ina bītim iḫliq
 女奴隷は家から逃げた

というか最初から素直に「家にいる女奴隷が逃げた」と解釈すべきであり、またアッカド語ではそういう表現の仕方をする、と考えるのがよいでしょう。

itti や ina qātim ša 〜についても同様。

kaspam itti awīlim amḫur
 私はその人から銀を受け取った
→私はその人が持っている(その人と共にある)銀を受け取った
ḫurāṣam ina qātim ša šarrāqim niṣbat
 我々は盗賊から金を取った
→我々は盗賊の手中にある金を取った

4. まとめ

  • 否定副詞 ul / ulaは動詞の前または述部の前に置いて否定の意味を表す
  • 「AにBを〜する」や「AからBを〜する」と言いたい時に二重対格を使うことがある
  • 前置詞 ina / itti は「〜から」という意味を表すときがある

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→次:楔形文字で学ばないアッカド語文法(11)子音脱落・母音変化 - リムナンテスは愉快な気分

参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(9)G語幹I-n型弱動詞

弱動詞について。名前がごつい割にはそんなに難しくはない。

この記事は

  • G語幹I-n型弱動詞
  • nの逆行同化

についての記事です。

1. 弱動詞

アッカド語の語根子音は弱化して別の音に変化する場合があります。というか、主にʾ, w, y, nといった子音が弱化します。
(補足:「ʾ」は声門破裂音 [ʔ] ですが、ほぼ子音でないと考えてもあんまり問題にならないので綴りの上では表記されなかったりします。)

この時の語根が「弱語根」であり、弱化した子音が語根の何番目の子音であるかによってラベルづけされています。このラベルづけはローマ数字で表現されており、1番目の語根が弱化していればI型、2番目ならII型、3番目ならIII型。さらに弱化した子音によって細かく区別され、例えば1番目のnが弱化していればI-n型、2番目のwが弱化していればII-w型、といった要領で表現します。また、I-n型の変化をする動詞ならI-n型弱動詞、といった具合。

なお、2番目、3番目のʾ, w, yの弱化の仕方はだいたい同じ様な感じらしいので、それぞれ単にII型(弱動詞)、III型(弱動詞)と呼ばれることが多いです。


弱動詞解説回ショートカット

2. nの逆行同化

さてI-n型弱動詞に入る前に、nの逆行同化について。

nという子音はほぼ毎回、別の子音が直後に続くとその子音に同化します。つまり nC > CC。
例えば šakin-「置かれている」、qatan-「狭い、薄い」といったG形容詞の女性単数形では、女性接辞-t-の影響をモロに受けてn→tに同化します。

  • šaknum 「置かれている」 → šakittum(< *šakintum)
  • qatnum 「狭い、薄い」 → qatattum(< *qatantum)

また以下の例のように、pirist型の女性名詞でかつ3番目の子音がnのとき、-nt- > -tt- に同化します(余談だが複数形では2番目のiが脱落する)。

  • libittum(< *libintum);複数形 libnātum(< *libinātum)「煉瓦」
  • nidittum(< *nidintum);複数形 nidnātum(< *nidinātum)「贈り物」


ただしnが同化しないパターンも主に2つ存在します。1つはnが2番目の子音であるような動形容詞で、kankum「封印された」やenšum「弱い」といった単語のnは弱化しない。もう1つがシュメール語からの借用で、entum「女教皇」のような単語も同化の影響を受けない。


nの同化はG過去形でも発生します。1番目の語根子音がnのときにnが同化するので、G語幹I-n型弱動詞とでも呼びましょうか。G語幹I-n型弱動詞については次節を参照。

3. G語幹I-n型弱動詞

nadānum(与える)、naqārum(引き裂く)のように語根の1番目の子音がnの時、G過去形でこのnが必ず別の子音の直前に来るのでnが逆行同化します。

例えば nadānum の3人称単数過去形は *indin とでもなりそうなところですが、実際はnがdと同化されて iddin となります。同様に naqārum の3人称単数過去形は *inqar ではなく iqqar となります。

というわけで一般形で na2ā3um のように書くとすれば、3人称単数過去形は *in2V3 ではなく i22V3 という形になる、ということです(V:幹母音=動詞ごとに決まっている、G過去形で2番目と3番目の間にくる母音)。

[一般形(1=n)]
(na2ā3um)
与える
(nadānum)
引き裂く
(naqārum)
3cs i22V3 iddin iqqur
2ms ta22V3 taddin taqqur
2fs ta22V3ī taddinī taqqurī
1cs a22V3 addin aqqur
3mp i22V3ū iddinū iqqurū
3fp i22V3ā iddinā iqqurā
2cp ta22V3ā taddinā taqqurā
1cp ni22V3 niddin niqqur


これがG語幹I-n型弱動詞です。

何も難しいことはなく、これだけです。
なおG不定形、G動形容詞では通常通りの活用をします。nの後ろに必ず母音が挟まり逆行同化しようがないので。

4. まとめ

  • nは直後に子音が続くと逆行同化し、nから後続子音に変化する
  • I-n型ではG過去形でnが逆行同化する。


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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(8)G限定形容詞

前回(第7回)では動詞を形容詞化した動形容詞を扱いました。第8回では一般の形容詞について格変化を見ていきます。
また、形容詞の名詞化についても見ていきます。
(動形容詞より先にこっちやったほうが分かりやすかったのでは…と思いましたが今更回を変えるのめんどくさいのでそのままで…第8回から先に読むと第7回が理解しやすいかもしれません)


この記事は

  • G形容詞
  • 形容詞の名詞化

についての記事です。

1. 限定用法形容詞

形容詞には名詞の様相を表現する叙述用法と、名詞を修飾する限定用法とがありますが、アッカド語ではそれぞれ語形が異なります。どういうことかというと、叙述用法は用言、限定用法は体言の活用をします。第7回の動形容詞は限定用法です。
叙述用法は後の回でやるとして、ここでは限定用法を扱います。


男性複数以外は名詞の格変化と同じです。


限定用法形容詞のポイントは以下4つ。

  1. 後置修飾
  2. 2つ以上の名詞を修飾するときは(分配的でも)複数
  3. 男性名詞+女性名詞は男性複数扱い
  4. 双数名詞に対しては複数形容詞で修飾

1. 後置修飾

アッカド語の形容詞は後置修飾です。名詞—形容詞の語順です。

šarrū dannūtum
 強い王たち

ina qātim dannatim
 強い腕で

2. 2つ以上の名詞を修飾するときは(分配的でも)複数

「AなB + AなC」という意味で「Aな(B+C)」という表現をするときは、形容詞は複数形です。

abum u mārum dannūtum
 強い父と(強い)息子

ummum u mārtum dannātum
 強い母と(強い)娘

文構造は [abum u mārum] dannūtum、[ummum u mārtum] dannātum。

逆に、abum u mārum dannumなどと単数形で修飾していたら、dannumはmārumにしか係っていないということになりますので、[abum] u [mārum dannum]「父と強い息子」と解釈できるということ。

3. 男性名詞+女性名詞は男性複数扱い

男性名詞と女性名詞を両方修飾する、あるいは男性・女性が複合している集団を修飾するときは男性複数形容詞を使います。

abum u ummum dannūtum
 強い父と(強い)母

4. 双数名詞に対しては複数形容詞で修飾

形容詞に双数形は無いので、複数形で修飾します。双数で使う名詞は大体女性名詞なので女性複数が多いんですかね?

īnān ṭabātum
 愛想の良い目


2. 形容詞の名詞化

アッカド語の形容詞は、そのままの形で名詞として使うことができます。
大方、「〜である人 / 物」のような意味になります。

ṣabtum 捕まえられた (adj. ms) > 逮捕者
dannūtum 強い (adj. mp) > 強者たち
ḫaliqtum 失われた (adj. fs) > 行方不明の女

以下
ms: 男性単数(masculine single)
mp: 男性複数(masculine plural)
fs: 女性単数(feminine single)
fp: 女性複数(feminine plural)


男性複数形容詞が名詞化される時は、大方 -ūtum / -ūtim といった形容詞語尾がそのまま残りますが、たまに男性複数名詞の語尾 -ū / -ī になる場合もあります。

nakinum 敵意ある > 敵
> nakirū 敵 (mp)


女性単数形容詞は、抽象的な意味の名詞として使われることがあります。

(damqum >) damiqtum 良い (fs) > 善、幸運、名声
(zaprum >) zapurtum 悪い (fs) > 悪、間違い


ただし、女性形の形容詞の名詞化で具体的な物事を表すときもあります。

dannum 強い、堅い (ms)
> dannatum 強い、堅い (fs) > 要塞


名詞ですので、名詞と同じような活用をします。男性形容詞の名詞化は男性名詞、女性形容詞の名詞化は女性名詞として活用します。

名詞の活用については詳しくは下の記事から。
limnanthaceae.hatenablog.com

3. まとめ

  • 形容詞は後置修飾
  • 形容詞はそのまま名詞として使用可能


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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(7)母音脱落・G動形容詞

形容詞は動詞から生成されます(動形容詞)、というお話。
文法的には分詞?にあたると思われます。



この記事は

  • 母音脱落
  • G動形容詞(受動・完結・記述)

についての記事です。

1. 母音脱落

形容詞の前に、アッカド語の母音脱落について。

アッカド語では、ある条件において母音が脱落します。その条件となるのは「軽音節が連続するかどうか」です。アッカド語には軽音節、重音節、超重音節がありますが、よくわからん!という方は以下の第1課で詳しく説明していますので参照してください。

limnanthaceae.hatenablog.com


さて、アッカド語では軽音節(短母音で終わる音節)が2つ以上続くことは原則許されていません。そのため、軽音節が連続するとき、後ろの軽音節の母音が脱落します。


*mapišātum → mapšātum

ma-pi-と軽音節が連続しているため、*mapišatumという語形はアッカド語では許されない。そのため、2番目の母音=iが脱落し、mapšātumという語形になる、ということです。


ただし、例外的に母音脱落しない場合も(結構)あります。

  1. 語末の2連軽音節は許容される
     iškunu(置かれる人)、ina(〜の中に)
  2. 母音の前の2連軽音節は許容される
     rabiam(良い(acc.))、biniā(建てる)
  3. rの前で許容(母音脱落することもある)
     zikarum(雄)、nakirum(敵対的)
  4. lの前もまあまあ許容(母音脱落することもある)
     akalum(食料)、ubilū(彼らは持ってきた)
  5. 代名詞接辞をつけたときも許容
     tuppašunu(彼らのタブレット
  6. シュメール語からの借用語も許容
     nuḫatimmum(料理する)、gabaraḫḫum(叛逆)

2. G動形容詞

アッカド語の形容詞はほとんど動形容詞です。動形容詞でない形容詞もたまにあるようですが。

語形

まずは語形から。G動形容詞の語幹は1a2V3-という形をとります。p-r-sで記述する場合はparVs形です。2個目の母音V(この母音のことを幹母音といったりします)は短母音で、殆どの場合でiですが稀にaやuもあります。

ṣabit- 取り押さえられている < ṣabātum 掴むこと
damiq- 良い < damāqum 良くなること
rapaš- 広い < rapāšum 広くなること
zapur- 悪い < zapārum 悪くなること

名詞と同様、動形容詞は上記の語幹に語尾がつきます。この語尾は性、数、格によって変化します。ただし、前述の母音脱落ルールによって、女性単数以外では2番目の母音が脱落します。女性単数語尾は-tumと子音で始まるため、語幹 1a2V3-とくっ付くと1a2V3tumという形になります。したがって、2V3が重音節となるので女性単数のみ幹母音 V が脱落しません。


こちらはG動形容詞の活用表。 語根子音を 1、2、3、幹母音を V と表記した場合の一般形、damqum (masc.) / damiqtum (fem.)「良い」、rapsum (masc.) / rapastum (fem.)「広い」、zaprum (masc.) / zapurtum (fem.)「悪い」。

1a2V3-
(一般形)
damiq-
(良い)
rapas-
(広い)
zapur-
(悪い)
男性 女性 男性 女性 男性 女性 男性 女性
単数 主格 1a23um 1a2V3tum damqum damiqtum rapsum rapastum zaprum zapurtum
属格 1a23im 1a2V3tim damqim damiqtim rapsim rapastim zaprim zapurtim
対格 1a23am 1a2V3tam damqam damiqtam rapsam rapastam zapram zapurtam
複数 主格 1a23ūtum 1a23ātum damqūtum damqātum rapsūtum rapsātum zaprūtum zaprātum
斜角 1a23ūtim 1a23ātum damqūtim damqātim rapsūtim rapsātim zaprūtim zaprātim


名詞とは違って双数形はありません。双数名詞を修飾するときは複数形を使います。


ちなみに、G過去形の幹母音とG動形容詞の幹母音に特に関連はないです。
例えば、idmiq(G過去形;良くなった)とdamiq-(G動形容詞;良い)はどちらも幹母音がiですが、imra(病気になった)とmaruṣ-(病気の)、irpiš(広がった)とrapaš-(広い)といった語では、G過去形とG動形容詞で幹母音が異なります。
(G過去形については前回の記事で詳しく解説しています。)
limnanthaceae.hatenablog.com


さらにもう一つ注意点。2、3番目の語根子音が同一であった場合(pasas型)、動形容詞の語幹は pass- 型をとります。例えば danānum(強くなる)は2番目と3番目の子音が共に n ですので、danānum > dannum, dannatum のように、女性単数も語幹が dann- となって幹母音が現れません。

意味

G動形容詞は後置修飾で、行為による状況、状態を記述します。大まかな意味は元の動詞(語根)の意味論的性質から決定されます。どういうことかというと、アッカド語の動詞は

(1) 動作他動詞
(2) 動作自動詞
(3) 状態動詞

に分類できるのですが、これらがG動形容詞化すると

(1) 動作他動詞→受動
(2) 動作自動詞→結果
(3) 状態動詞→記述

の意味に化けます。

(1) 動作他動詞→受動

直接目的語を取り、動作を表す動詞は、受動を表す動形容詞になります。

  • kaspum šaknum 「置かれた銀」
  • šīpātum šarqātum 「盗まれた羊毛」

(2) 動作自動詞→結果

直接目的語を取らず、動作を表す動詞は、動作後の結果を表す動形容詞になります。

  • ṣābum naḫsum 「後退した軍隊」
  • bītātum maqtātum 「崩れ落ちた家々」

(3) 状態動詞→記述

「〜であること」、「〜になること」というような、状態を表す動詞は、物事の性質を記述する動形容詞になります。

  • mārātum damqātum 「良い娘たち」
  • nārum rapaštum 「広い川」
  • īnān marṣātum 「病気の目」

3. まとめ

  • 一部の単語を除き、軽音節が2つ連続することは許されないので、このとき2音節目の母音は脱落する
  • 動形容詞は後置修飾
  • 動作他動詞が動形容詞になると受動の意味
  • 動作自動詞が動形容詞になると結果の意味
  • 状態動詞が動形容詞になると性質記述の意味

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.