リムナンテスは愉快な気分

徒然なるままに、言語、数学、音楽、プログラミング、時々人生についての記事を書きます

楔形文字で学ばないアッカド語文法(10)否定・二重対格・前置詞を伴う述語語法

アッカド語文法講座(?)もようやく2桁回目まできました。
第10回は動詞周りのこまごまとした文法事項について。


この記事は

についての記事です。

1. 否定の副詞 ul

「〜ではない」という打ち消しの意味を表すには、否定副詞 ul を使います。
ごく稀に ula という語形も使われます。

動詞文の場合は、動詞の直前に ul (ula) を置いて否定文を作ります。

ḫurāṣam ina bītim ul aṣbat
 私は家にある金を押収しなかった

名詞文(非動詞文)では、述部の直前に ul (ula) を置きます。

Išme-Dagan ula šarrum ša Bābilim
 イシュメ・ダガンはバビロンの王ではない

ul šarrum ša Bābilim šū
 彼はバビロンの王ではない

2. 二重対格

さて日本語では、大体の場合で二重対格が許されていません。
「*太郎が花子を本を読ませた」のように、一文(正確には節1つでしょうけど)にヲ格(対格)が2つ含まれるような文は非文扱いされるでしょう。

しかしアッカド語では一文に対格が2項来る場合があります。

大まかには次の2つのケースがあります:

  • 「AにBを〜する」型
  • 「AからBを〜する」型

「AにBを〜する」型

供給する、満たす、擦り込む、燃やす、着させる、触る、罰する、囲う、など。


amtam šikaram tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim šamnam ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ

ただし、普通に前置詞を使って言うこともある模様。

šikaram ana amtim tapqid
 貴方は女奴隷にビールを供給した

qaqqadam ša šarrim ina šamnim ipšušū
 彼らは王の頭に油を擦り込んだ
 (王の頭を油で擦り込む?)

「AからBを〜する」型

受け取る、要求する、主張する、取り除く、など。


awīlam eqlam abqur
 私はその人からその場所を要求した

こちらも前置詞で表現可能。

eqlam itti awīlim abqur
 私はその人からその場所を要求した

3. 前置詞 ina / itti が起点を表す時の考え方

前置詞 ina は「〜の中で」とか「〜を使って」とか「〜の手段で」とかいう意味で使います、という話を第3回でしました多分。
limnanthaceae.hatenablog.com

しかし時々「〜から」の意味で使われる場合があります。(ištuと何が違うのかはよくわからない。有識者は教えてくだいさい。)
例えば次のような文。

amtum ina bītim iḫliq
 女奴隷は家から逃げた

というか最初から素直に「家にいる女奴隷が逃げた」と解釈すべきであり、またアッカド語ではそういう表現の仕方をする、と考えるのがよいでしょう。

itti や ina qātim ša 〜についても同様。

kaspam itti awīlim amḫur
 私はその人から銀を受け取った
→私はその人が持っている(その人と共にある)銀を受け取った
ḫurāṣam ina qātim ša šarrāqim niṣbat
 我々は盗賊から金を取った
→我々は盗賊の手中にある金を取った

4. まとめ

  • 否定副詞 ul / ulaは動詞の前または述部の前に置いて否定の意味を表す
  • 「AにBを〜する」や「AからBを〜する」と言いたい時に二重対格を使うことがある
  • 前置詞 ina / itti は「〜から」という意味を表すときがある

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(9)G語幹I-n型弱動詞

弱動詞について。名前がごつい割にはそんなに難しくはない。

この記事は

  • G語幹I-n型弱動詞
  • nの逆行同化

についての記事です。

1. 弱動詞

アッカド語の語根子音は弱化して別の音に変化する場合があります。というか、主にʾ, w, y, nといった子音が弱化します。
(補足:「ʾ」は声門破裂音 [ʔ] ですが、ほぼ子音でないと考えてもあんまり問題にならないので綴りの上では表記されなかったりします。)

この時の語根が「弱語根」であり、弱化した子音が語根の何番目の子音であるかによってラベルづけされています。このラベルづけはローマ数字で表現されており、1番目の語根が弱化していればI型、2番目ならII型、3番目ならIII型。さらに弱化した子音によって細かく区別され、例えば1番目のnが弱化していればI-n型、2番目のwが弱化していればII-w型、といった要領で表現します。また、I-n型の変化をする動詞ならI-n型弱動詞、といった具合。

なお、2番目、3番目のʾ, w, yの弱化の仕方はだいたい同じ様な感じらしいので、それぞれ単にII型(弱動詞)、III型(弱動詞)と呼ばれることが多いです。


弱動詞解説回ショートカット

2. nの逆行同化

さてI-n型弱動詞に入る前に、nの逆行同化について。

nという子音はほぼ毎回、別の子音が直後に続くとその子音に同化します。つまり nC > CC。
例えば šakin-「置かれている」、qatan-「狭い、薄い」といったG形容詞の女性単数形では、女性接辞-t-の影響をモロに受けてn→tに同化します。

  • šaknum 「置かれている」 → šakittum(< *šakintum)
  • qatnum 「狭い、薄い」 → qatattum(< *qatantum)

また以下の例のように、pirist型の女性名詞でかつ3番目の子音がnのとき、-nt- > -tt- に同化します(余談だが複数形では2番目のiが脱落する)。

  • libittum(< *libintum);複数形 libnātum(< *libinātum)「煉瓦」
  • nidittum(< *nidintum);複数形 nidnātum(< *nidinātum)「贈り物」


ただしnが同化しないパターンも主に2つ存在します。1つはnが2番目の子音であるような動形容詞で、kankum「封印された」やenšum「弱い」といった単語のnは弱化しない。もう1つがシュメール語からの借用で、entum「女教皇」のような単語も同化の影響を受けない。


nの同化はG過去形でも発生します。1番目の語根子音がnのときにnが同化するので、G語幹I-n型弱動詞とでも呼びましょうか。G語幹I-n型弱動詞については次節を参照。

3. G語幹I-n型弱動詞

nadānum(与える)、naqārum(引き裂く)のように語根の1番目の子音がnの時、G過去形でこのnが必ず別の子音の直前に来るのでnが逆行同化します。

例えば nadānum の3人称単数過去形は *indin とでもなりそうなところですが、実際はnがdと同化されて iddin となります。同様に naqārum の3人称単数過去形は *inqar ではなく iqqar となります。

というわけで一般形で na2ā3um のように書くとすれば、3人称単数過去形は *in2V3 ではなく i22V3 という形になる、ということです(V:幹母音=動詞ごとに決まっている、G過去形で2番目と3番目の間にくる母音)。

[一般形(1=n)]
(na2ā3um)
与える
(nadānum)
引き裂く
(naqārum)
3cs i22V3 iddin iqqur
2ms ta22V3 taddin taqqur
2fs ta22V3ī taddinī taqqurī
1cs a22V3 addin aqqur
3mp i22V3ū iddinū iqqurū
3fp i22V3ā iddinā iqqurā
2cp ta22V3ā taddinā taqqurā
1cp ni22V3 niddin niqqur


これがG語幹I-n型弱動詞です。

何も難しいことはなく、これだけです。
なおG不定形、G動形容詞では通常通りの活用をします。nの後ろに必ず母音が挟まり逆行同化しようがないので。

4. まとめ

  • nは直後に子音が続くと逆行同化し、nから後続子音に変化する
  • I-n型ではG過去形でnが逆行同化する。


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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(8)G限定形容詞

前回(第7回)では動詞を形容詞化した動形容詞を扱いました。第8回では一般の形容詞について格変化を見ていきます。
また、形容詞の名詞化についても見ていきます。
(動形容詞より先にこっちやったほうが分かりやすかったのでは…と思いましたが今更回を変えるのめんどくさいのでそのままで…第8回から先に読むと第7回が理解しやすいかもしれません)


この記事は

  • G形容詞
  • 形容詞の名詞化

についての記事です。

1. 限定用法形容詞

形容詞には名詞の様相を表現する叙述用法と、名詞を修飾する限定用法とがありますが、アッカド語ではそれぞれ語形が異なります。どういうことかというと、叙述用法は用言、限定用法は体言の活用をします。第7回の動形容詞は限定用法です。
叙述用法は後の回でやるとして、ここでは限定用法を扱います。


男性複数以外は名詞の格変化と同じです。


限定用法形容詞のポイントは以下4つ。

  1. 後置修飾
  2. 2つ以上の名詞を修飾するときは(分配的でも)複数
  3. 男性名詞+女性名詞は男性複数扱い
  4. 双数名詞に対しては複数形容詞で修飾

1. 後置修飾

アッカド語の形容詞は後置修飾です。名詞—形容詞の語順です。

šarrū dannūtum
 強い王たち

ina qātim dannatim
 強い腕で

2. 2つ以上の名詞を修飾するときは(分配的でも)複数

「AなB + AなC」という意味で「Aな(B+C)」という表現をするときは、形容詞は複数形です。

abum u mārum dannūtum
 強い父と(強い)息子

ummum u mārtum dannātum
 強い母と(強い)娘

文構造は [abum u mārum] dannūtum、[ummum u mārtum] dannātum。

逆に、abum u mārum dannumなどと単数形で修飾していたら、dannumはmārumにしか係っていないということになりますので、[abum] u [mārum dannum]「父と強い息子」と解釈できるということ。

3. 男性名詞+女性名詞は男性複数扱い

男性名詞と女性名詞を両方修飾する、あるいは男性・女性が複合している集団を修飾するときは男性複数形容詞を使います。

abum u ummum dannūtum
 強い父と(強い)母

4. 双数名詞に対しては複数形容詞で修飾

形容詞に双数形は無いので、複数形で修飾します。双数で使う名詞は大体女性名詞なので女性複数が多いんですかね?

īnān ṭabātum
 愛想の良い目


2. 形容詞の名詞化

アッカド語の形容詞は、そのままの形で名詞として使うことができます。
大方、「〜である人 / 物」のような意味になります。

ṣabtum 捕まえられた (adj. ms) > 逮捕者
dannūtum 強い (adj. mp) > 強者たち
ḫaliqtum 失われた (adj. fs) > 行方不明の女

以下
ms: 男性単数(masculine single)
mp: 男性複数(masculine plural)
fs: 女性単数(feminine single)
fp: 女性複数(feminine plural)


男性複数形容詞が名詞化される時は、大方 -ūtum / -ūtim といった形容詞語尾がそのまま残りますが、たまに男性複数名詞の語尾 -ū / -ī になる場合もあります。

nakinum 敵意ある > 敵
> nakirū 敵 (mp)


女性単数形容詞は、抽象的な意味の名詞として使われることがあります。

(damqum >) damiqtum 良い (fs) > 善、幸運、名声
(zaprum >) zapurtum 悪い (fs) > 悪、間違い


ただし、女性形の形容詞の名詞化で具体的な物事を表すときもあります。

dannum 強い、堅い (ms)
> dannatum 強い、堅い (fs) > 要塞


名詞ですので、名詞と同じような活用をします。男性形容詞の名詞化は男性名詞、女性形容詞の名詞化は女性名詞として活用します。

名詞の活用については詳しくは下の記事から。
limnanthaceae.hatenablog.com

3. まとめ

  • 形容詞は後置修飾
  • 形容詞はそのまま名詞として使用可能


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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(7)母音脱落・G動形容詞

形容詞は動詞から生成されます(動形容詞)、というお話。
文法的には分詞?にあたると思われます。



この記事は

  • 母音脱落
  • G動形容詞(受動・完結・記述)

についての記事です。

1. 母音脱落

形容詞の前に、アッカド語の母音脱落について。

アッカド語では、ある条件において母音が脱落します。その条件となるのは「軽音節が連続するかどうか」です。アッカド語には軽音節、重音節、超重音節がありますが、よくわからん!という方は以下の第1課で詳しく説明していますので参照してください。

limnanthaceae.hatenablog.com


さて、アッカド語では軽音節(短母音で終わる音節)が2つ以上続くことは原則許されていません。そのため、軽音節が連続するとき、後ろの軽音節の母音が脱落します。


*mapišātum → mapšātum

ma-pi-と軽音節が連続しているため、*mapišatumという語形はアッカド語では許されない。そのため、2番目の母音=iが脱落し、mapšātumという語形になる、ということです。


ただし、例外的に母音脱落しない場合も(結構)あります。

  1. 語末の2連軽音節は許容される
     iškunu(置かれる人)、ina(〜の中に)
  2. 母音の前の2連軽音節は許容される
     rabiam(良い(acc.))、biniā(建てる)
  3. rの前で許容(母音脱落することもある)
     zikarum(雄)、nakirum(敵対的)
  4. lの前もまあまあ許容(母音脱落することもある)
     akalum(食料)、ubilū(彼らは持ってきた)
  5. 代名詞接辞をつけたときも許容
     tuppašunu(彼らのタブレット
  6. シュメール語からの借用語も許容
     nuḫatimmum(料理する)、gabaraḫḫum(叛逆)

2. G動形容詞

アッカド語の形容詞はほとんど動形容詞です。動形容詞でない形容詞もたまにあるようですが。

語形

まずは語形から。G動形容詞の語幹は1a2V3-という形をとります。p-r-sで記述する場合はparVs形です。2個目の母音V(この母音のことを幹母音といったりします)は短母音で、殆どの場合でiですが稀にaやuもあります。

ṣabit- 取り押さえられている < ṣabātum 掴むこと
damiq- 良い < damāqum 良くなること
rapaš- 広い < rapāšum 広くなること
zapur- 悪い < zapārum 悪くなること

名詞と同様、動形容詞は上記の語幹に語尾がつきます。この語尾は性、数、格によって変化します。ただし、前述の母音脱落ルールによって、女性単数以外では2番目の母音が脱落します。女性単数語尾は-tumと子音で始まるため、語幹 1a2V3-とくっ付くと1a2V3tumという形になります。したがって、2V3が重音節となるので女性単数のみ幹母音 V が脱落しません。


こちらはG動形容詞の活用表。 語根子音を 1、2、3、幹母音を V と表記した場合の一般形、damqum (masc.) / damiqtum (fem.)「良い」、rapsum (masc.) / rapastum (fem.)「広い」、zaprum (masc.) / zapurtum (fem.)「悪い」。

1a2V3-
(一般形)
damiq-
(良い)
rapas-
(広い)
zapur-
(悪い)
男性 女性 男性 女性 男性 女性 男性 女性
単数 主格 1a23um 1a2V3tum damqum damiqtum rapsum rapastum zaprum zapurtum
属格 1a23im 1a2V3tim damqim damiqtim rapsim rapastim zaprim zapurtim
対格 1a23am 1a2V3tam damqam damiqtam rapsam rapastam zapram zapurtam
複数 主格 1a23ūtum 1a23ātum damqūtum damqātum rapsūtum rapsātum zaprūtum zaprātum
斜角 1a23ūtim 1a23ātum damqūtim damqātim rapsūtim rapsātim zaprūtim zaprātim


名詞とは違って双数形はありません。双数名詞を修飾するときは複数形を使います。


ちなみに、G過去形の幹母音とG動形容詞の幹母音に特に関連はないです。
例えば、idmiq(G過去形;良くなった)とdamiq-(G動形容詞;良い)はどちらも幹母音がiですが、imra(病気になった)とmaruṣ-(病気の)、irpiš(広がった)とrapaš-(広い)といった語では、G過去形とG動形容詞で幹母音が異なります。
(G過去形については前回の記事で詳しく解説しています。)
limnanthaceae.hatenablog.com


さらにもう一つ注意点。2、3番目の語根子音が同一であった場合(pasas型)、動形容詞の語幹は pass- 型をとります。例えば danānum(強くなる)は2番目と3番目の子音が共に n ですので、danānum > dannum, dannatum のように、女性単数も語幹が dann- となって幹母音が現れません。

意味

G動形容詞は後置修飾で、行為による状況、状態を記述します。大まかな意味は元の動詞(語根)の意味論的性質から決定されます。どういうことかというと、アッカド語の動詞は

(1) 動作他動詞
(2) 動作自動詞
(3) 状態動詞

に分類できるのですが、これらがG動形容詞化すると

(1) 動作他動詞→受動
(2) 動作自動詞→結果
(3) 状態動詞→記述

の意味に化けます。

(1) 動作他動詞→受動

直接目的語を取り、動作を表す動詞は、受動を表す動形容詞になります。

  • kaspum šaknum 「置かれた銀」
  • šīpātum šarqātum 「盗まれた羊毛」

(2) 動作自動詞→結果

直接目的語を取らず、動作を表す動詞は、動作後の結果を表す動形容詞になります。

  • ṣābum naḫsum 「後退した軍隊」
  • bītātum maqtātum 「崩れ落ちた家々」

(3) 状態動詞→記述

「〜であること」、「〜になること」というような、状態を表す動詞は、物事の性質を記述する動形容詞になります。

  • mārātum damqātum 「良い娘たち」
  • nārum rapaštum 「広い川」
  • īnān marṣātum 「病気の目」

3. まとめ

  • 一部の単語を除き、軽音節が2つ連続することは許されないので、このとき2音節目の母音は脱落する
  • 動形容詞は後置修飾
  • 動作他動詞が動形容詞になると受動の意味
  • 動作自動詞が動形容詞になると結果の意味
  • 状態動詞が動形容詞になると性質記述の意味

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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

楔形文字で学ばないアッカド語文法(6)G過去形と語順

そろそろアッカド語やらねば本当に忘れそう(何なら忘れた)


さて、この記事は

についての記事です。

1. 復習:G語幹について

セム語では子音からなる「語根」間に母音を挟みこむことでできる「語幹」が特徴的でした。アッカド語でも例に漏れず、母音の挟み込み方によって様々な機能を持った語幹が生まれるのでした。

メインはG語幹、D語幹、S語幹、N語幹の4系統。アッカド語のG語幹(不定形)は、1,2,3を語幹子音として1a2ā3(-um)のように表されるのでした。

第6回ではG語幹系列の過去形について。

2. G過去形

1,2,3をそれぞれ語幹子音とすると、G過去形の基本形は 12V3 です。このVのことを幹母音(theme vowelとかstem vowel)といいます。

ただ、幹母音がa, i, uのどれになるかは語根によって決まるので、いちいち覚えないといけない。めんどくさい!

  • šakānum 「置く(こと)」 → iškun 「置いた」(幹母音はu)
  • šarāqum 「盗む(こと)」 → išriq 「盗んだ」(幹母音はi)
  • ṣabātum 「掴む(こと)」 → iṣbat 「掴んだ」(幹母音はa)

最初のi-は三人称単数接頭辞です。G過去形では人称、性、数によって接頭辞、接尾辞がくっついたりくっつかなかったりします。他の人称、性、数においても、G過去形語幹に以下のような接頭辞、接尾辞がつきます。

単数 複数
男性 女性 男性 女性
3人称 (3cs) i- (3mp) i- -ū (3fp) i- -ā
2人称 (2ms) ta- (2fs) ta- -ī (2cp) ta- -ā
1人称 (1cs) a- (1cp) ni-

3人称単数、2人称複数、1人称単数と複数に関しては、男性名詞と女性名詞で同形になります。ですので、覚える活用の種類は全部で8種類です。


以下活用例です。

置く
(šakānum)
盗む
(šarāqum)
掴む
(ṣabātum)
3cs iškun išriq iṣbat
2ms taškun tašriq taṣbat
2fs taškunī tašriqī taṣbatī
1cs aškun ašriq aṣbat
3mp iškunū išriqū iṣbatū
3fp iškunā išriqā iṣbatā
2cp taškunā tašriqā taṣbatā
1cp niškun nišriq niṣbat

3. 語順

アッカド語の語順は日本語と同じく"SOV"です。もう少し詳細に言うと、散文の動詞節における語順は"SOAV"です。

Subject(主語)— Object(直接目的語)— Adjuncts(付属語)— Verb(動詞)

付属語とは、副詞、前置詞句、間接目的語などのことを指します。
日本語と同様に、他動詞文であっても全ての要素を入れなければならないということはなく主語や目的語を省くことができます。

wardum išriq
「男奴隷は盗んだ」

wardum 男奴隷
išriq 盗んだ < šarāqum


強調したい語を文頭に持ってくることができたりするので語順は自由です。ただし動詞は必ず文末にきます。特に書き言葉の場合、アッカド語には読点がないため動詞が実質的な文末マーカーとして機能します。したがって次の文章は2文です。

antum kaspam iṣbat ina bītim iškun
「女奴隷は銀を掴み、家に置いた

antum 女奴隷
kaspum
iṣbat 掴んだ < ṣabātum
ina 〜の中へ
bītum
iškun 置いた < šakānum


ここでは iṣbat(掴んだ)と iškun(置いた)の2つが動詞ですので、"antum kaspam iṣbat"までで一文、"ina bītim iškun"でもうい一文、と解釈されます。
…という説明が英語話者向けになされていますが、この文章の場合は上記訳文のように接続っぽく訳すのが良さそう。

4. 動詞の人称、性、数の例外

基本的に主語の人称、性、数に合わせて普通に変化させればよいのですが、いくつか例外があります。


双数主語は単独で男性名詞であっても女性複数扱い(ごく稀に男性複数扱い)。

šarrām iškunā
「2人の王が座した」

šarratān iškunā
「2人の女王が座した」

šarrum
šarratum 女王


主語が複合主語なら複数扱い。さらに、一項目でも男性名詞なら男性複数扱い。

mārum u mārtum imqutū
「息子と娘が落ちた」

antum wardum u mārātum imqutū
「女奴隷と男奴隷と娘たちが落ちた」

aššatum u mārātum imqutā
「妻と娘が落ちた」

mārum 息子
mārtum
imqut 落ちた < maqātum
aššatum

ちなみにA, B, Cを並列で述べる時は”A B u C”となるようです。


集合名詞は単複両方取りうる。

ṣābum ālam iṣbat / iṣbatū
「軍隊は街を掴んだ(掌握した)

ṣābum 軍隊
ālum

5. まとめ

  • G過去形で挿入される母音は動詞ごとに決まっている
  • 語順はSOVで日本語とだいたい一緒


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参考文献
  • J. Huehnergard, A Grammar of Akkadian (3rd ed. 2011), Harvard Semitic Museum Studies 45, ISBN 978-1-57506-922-7.
  • D. Snell, Enkonduko en la Akadan (Tria, reviziita eldono), esperantigita de Michael Wolf, Biblical Institute Press, Rome, 1988, ISBN: 88-7653-566-7.

効率的な語学の勉強法 〜とりあえず作文〜

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結論。
作文しろ。作文しながら単語と文法覚えろ。


あらゆる言語を学ぶ際に、どのように学ぶべきか?英語でも中国語でも、どんな言語をやる場合でも通用するような学習方法はなんだろうか。20以上の言語を学んだ経験から、それは、作文であるという結論に至った。

あくまでも自分の場合は、ということではあるが。ひたすら多読するのが得意な人、とにかくネイティブと話したら覚えられる人、聴いたらコピーできる人、暗記が得意だから単語覚えてたら文法やらなくてもなんか喋れる人。人によって向いている方法、向いていない方法があると思います。

私の場合は単語は覚えられなかった上に、よく学校で教えられているような「英文法」が全く要領掴めず、努力不足の烙印を押されてやる気を失っていました。が、ある時から短文の小テストを課されるようになったので止む無く英語の短文を暗記してたら知らない間にわかるようになった。

というわけで、効率的な語学の勉強法について、方法論をまとめました。
基本的に学ぶ言語がどんな言語であっても通用するはずです。
ただし、例文と訳が載ってる教材を用意してください。


前提・モチベーションについて

そもそもなぜ言語を学ぼうと思ったのか?

飽きるので、退屈なので、なんかモチベを維持してくれ。

結局理由なんてなんでもいいよ。
というモチベーションを上げてから本題。


基本方針

ユニットごとに回します。
だいたい20〜30ページを1ユニットとします。
ニューエクスプレスプラスとかなら4課1ユニットとして扱っていいんじゃないんですかね。
1課のボリュームが多いとかあったら適当にキリのいいところで区切ってください。

1周目

とりあえず読む、問題を解く(見ながら)
目標は理解すること。覚えられるなら覚えるに越したことはない。本番は2周目なので。

2周目

暗記パート
例文、作文問題(和文◯訳問題)を完璧にする。
日本語訳を見て、英語なら英語、中国語なら中国語に訳す=文章を作る。
見ながら解いた or 間違えた問題をチェックして、もう一度作文する。何も見ずに間違えずに書けた文章はそれでおしまい。

これをノーミスになるまで繰り返す。

というのを例文および和文◯訳問題でやる。
余力があれば◯文和訳問題の和文をどこかにメモっておいてそれについても和文◯訳トレーニングしてもいい。
めんどくさかったらとりあえずやらんでいい。

これで一通り覚えた状態になったら次のユニットを回す。


復習のタイミング

一回やったくらいで覚えるわけがないんだけどそれでいい。
で、進めていくと、なんかどこかでつっかえる。8割くらいわからない、みたいな状態になったら、多分過去にやったことを忘れてきているので、復習する。
再び上の2周目のあれを繰り返す。

とりあえずまえのユニットをやって、それでも無理ならさらに遡って…とやっていって先に進めたらOK。


学習のコツ

単語の習得方法

なんとかして引っかかりを作る。
ある意味作文するために「使う」という行為自体も記憶の手助けになるはず。
あとは語源を調べろ。固有語か?外来語か?合成語か?何語の何と比較できる?
語族・語派が同じ言語と比較しろ。ex,チェコ語ならロシア語と比較するとか。感覚的にわかるけど、改めて整理することで腑に落ちるのを感じて欲しい。
別に忘れてもいい。

文法の習得方法

なぜその和文でその語形を使ったのか?などを説明できるようになる、ということを意識する。説明できる状態になる、というのが一つの指標。文法は語学の近道。

大抵の言語の大抵のまともな文章は「文法」と呼ばれる秩序をもって単語が並べられているわけであって、意味もなく並んでいるわけではない。そこんところがわからない文法不要論者(なぜか英語至上主義者に多い)の文法不要論に耳を貸さずに文法は勉強しましょう。

別に忘れてもいい。

語学における心持ち

忘れること前提で反復しろ。
お前は生まれた瞬間から卒なく二足歩行できたわけではない。なんかハイハイから始めてたっちしてコケながら歩いたんだよ。うん。語学も一緒。
というか反復するだけでいいから簡単。頭使わない。あほでもできる。記憶力なくてもできる。記憶力に自信ないかもしれんが箸使えるだろ。それは何年もかけて箸使ってきたからじゃないのか?そんだけの基本能力があればいける。
記憶力ある人もいるけどとりあえずその事実は忘れよう。彼らは特殊なので。

◯◯語だけ出来てもしょうがないというのもある。まあ一理ある。ただ大抵の人はやはりそれに見合った能力が後からついてくると思う。まあ散々英語できてどうしようもなくだめな人もいますが。

おわりに

最後愚痴ばかりになってしまいましたが。
とりあえず、この方法を徹底すればどんな言語でもいけるはず。
そして、あわよくば今学習している言語などサクッと覚えて、さらに第2外国語、第3外国語、と歩みを進めて欲しい。
まあ日本語、英語(、最近は中国語も?)くらいを分かっていれば十二分に生きてはいけるんですけど、言語って3000とか6000とかあると言われているので、もう少しマイナーな言語にも目を向けて楽しんで欲しいかなと、そう思います。

余談:どの言語をやるか?(多言語学習者向け)

これ多言語学習者の永遠の悩みだと思うんですよね。
まあ、語族とか語派を揃えるのが効率いい

自分はもう語族ぐちゃぐちゃすぎて最高に非効率ですが。
そこそこ真面目にやったのでいうと、

まあでも楽しいのでいいかなという。
結局は興味もてるかどうかなので。

日本語の子音を捉えなおす

ちょっとしたメモです。

wikipedia英語版では以下のような表で日本語の子音が紹介されています。

Bilabial Alveolar Alveolo-
palatal
Palatal Velar Uvular Glottal
Nasal m n (ɲ) (ŋ) (ɴ)
Stop pb td
Affricate (t͡s)(d͡z) (t͡ɕ)(d͡ʑ)
Fricative (ɸ) sz (ɕ)(ʑ) (ç) h
Liquid r
Semivowel j w
Special moras /N/,/Q/


しかし現代日本語では直音と拗音、つまり例えば「マ」と「ミャ」は明確に区別されるわけで、多くの人が参照するであろうwikipediaなどの記事でそういった情報が欠落しているのは如何なものかと思うわけでして。wikipediaに限らず市販の文法書でも子音体系としての説明がされていないような気がしますが。

「マ」と「ミャ」のような対立は日本語以外でも存在し、例えばロシア語やマーシャル語で「マ」と「ミャ」が区別されます。これらの言語で語られるように、日本語の子音表を作ると次のような表になるはず。



Bilabial Alveolar Palatal Velar Uvular Glottal
plain pal. plain pal. plain pal. lab.
Nasal m n ɲ (ŋ) (ɴ)
Stop voiceless p t k (kʷ)
voiced b d g (gʷ)
Affricate voiceless t͡s t͡ɕ
voiced d͡z d͡ʑ
Fricative voiceless ɸ s ɕ ç h
voiced z ʑ
Liquid r
Semivowel j w
Special moras /N/, /Q/


タ行の周辺が綺麗な対応関係にないのでごちゃごちゃしてはいますが、書かれるべきはこういう表なのではないでしょうか。

あとハ行は厳密に音声基準で表に振り分けています。ハ行系列は

  • は、-、-、へ、ほ
  • ひゃ、ひ、ひゅ、ひぇ、ひょ
  • ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ

の3種類なので音韻論的な整合性を考えるとplain、pal.、lab.でもいいのですが、めんどくさいので上のような形でまとめました。


こうやって考えると、日本語の子音って30個超ありますよね。

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